トレイルランニングに足を染めた以上、
一度は出場したいと思っていたハセツネ。
30Kへのエントリーからすると、
約9か月を経て無事スタートに立つことが出来た。

 

・・・とは言うものの、10日に仕事が入ってしまったり、
娘の運動会が2日順延して仕事と重なってしまい、
「レースと仕事には行くが、娘の運動会には行けない」という
非常に後ろめたいシチュエーションになってしまったりと直前にいろいろあったが、
家族には快く送り出してもらい、感謝。


さて、
初めに白状してしまうと、
目標はサブ12でした。。

 

だからタイトルは、「サブ13もならず」とするのが正解なのかもしれない。

 

目標サブ12に対し、結果は13時間台半ば。
順位は300番台半ば。

 

渋滞が・・・とか言い訳を準備してみたり、
同じ順位で昨年のリザルトを見ると・・・おお、12時間切っている!とか
みみっちい慰めをしてみたり、終わってから色々足掻いたりもしてみたけど、
いろいろ鑑みるに、実力相応の結果であったと受け止めている。

 

ただ、目標からは随分遅れてしまったものの、
外秩父や飯能越生の時みたいにクヨクヨ落ち込むことは無く、
何というか、「満足!」とは言えないものの、
自分としては合格というか、悪くはないレースだったと思っている。

 

とはいえ、目標を大きく下回ったことに変わりはないし、
いろんな失敗や反省が多いレースであったことも間違いない。

反省も込めて振り返りつつ、
来年以降出る方、特に初めて出る方には、
読んで頂いて、以て他山の石として頂ければと思う。

 

 

【スタート前】
武蔵五日市駅8:19の電車を降り、五日市小学校へ。
既に3分の1ほどが埋まっており、壁際ゲットは成らなったが、
ストレスなく場所を確保することが出来た。

 

水の量を少し迷うが、最後に飲みかけのペットボトルも詰め込み、2.8ℓ持つことに。
「今年のハセツネは存外蒸し暑く、脱水に苦しむ人も多かった」と各所に書かれているが
そのへんは大丈夫だった。(自分のペースが遅かっただけかもしれないが)

 

12時にグランドへ。
渋滞のことを考えれば10Hのところに並んだほうが良いのだろうが、
分不相応感を拭うことが出来ず、11Hのところに並ぶ。大体真ん中へんだったろうか。

 

このあと結局大渋滞に巻き込まれることになるのだが、
ここで、渋滞が、目標不達成の言い訳に「なり得ない」ことを示す事実を。

リザルトによれば、私がスタートラインを過ぎたのは、号砲からほぼ丁度1分後。
号砲から1分以上経ってからスタートラインを跨ぎ、
かつサブ12を達成した人は、私が数え間違えてなければ4人おり、
サブ13を達成した人は15人いる。(注:対象は男子のみ)。

 

また、サブ12を達成した4名のうち2名は、入山峠まで4時間以上を要しており、
さらにうち1名は、入山峠の時点では私のほうが先行していた。

 

私より後ろからスタートを切った人で、サブ13を達成している人は19人もいる。

「渋滞につかまりました。だからサブ12、13達成できませんでした」とは、とても言えない。。

 

まぁ、そうはいっても、例えばウェーブスタートにするとか、
何かしら工夫は出来ないものかしらんとは思いますが。

 


【スタート~浅間峠】
スタート後のロードは、4'40/㌔ で走っていたが、
上記の通り、結局大渋滞につかまった。
渋滞は致し方ないと思っていたが、ノロノロが続く時間が想定以上に長かった。

 

「サブ12を目指すなら、まず入山峠まで1時間、浅間峠まで3時間45分」
・・・だいたいいくつかの記事を読み比べるとこんな感じだったので、
自分の目標もそこに設定していたが、
実際は入山峠で1時間18分、浅間峠で4時間11分かかっていた。
浅間峠の時点で目標から26分オーバー。

 

入山峠以降も、渋滞とは言わないが、相変わらず人の列が連なっている状態だった。
でも、自分の心拍を見てみると、150を少し下回るくらいのところで推移しており、
スピード的にはむしろちょうど良かったのではないかと思う。
これがもし、もっと前からスタートしていたら、このあたりは無理して160くらいで突っ込んで、
結果ガス欠にやられる、という展開にきっとなっていただろう。
だから、やはり分相応のペースだったのだと思う。

 


【浅間峠~月夜見第二駐車場】
登りが苦手な自分にとって、キョーフの三頭山を擁する区間。
浅間峠を出てすぐにライトを点け、モードを切り替えたつもりだったが、
西原峠まではどうもリズムに乗れず、西原峠の時点では目標から55分オーバーに。

 

しかし、ここから三頭山、さらに月夜見第二までは、このレースの中で一番調子が良かった。
登りは、大股にならないよう、チョコチョコ、淡々と、と言い聞かせながら、
手も上手く使って登れたと思う。数秒の休憩もうまく挟めた。
三頭山からの下りは、少し調子に乗りすぎたかもしれないが、
へんにブレーキを掛けることなく、快調に下ることができた。
西原峠~三頭山の間は、本当に一人にも抜かされず、
目標55分オーバーだったタイムも、42分オーバーまで取り戻した。

 

因みにヘッドランプは、頭だけだと心許なかったので、
急遽、予備用のランプを腰に巻く。結果これが、特に下りで大活躍してくれた。

 


【月夜見第二~長尾平】
月夜見には7分滞在。水を補給し出発。
ただ、残念ながら、このあとは再びリズムに乗れなくなってしまった。
御前山、大岳山とあと2つきつい登りがあるぞ、という覚悟はあったのだが、
三頭山の時のようなリズムが作れない。
心拍は130台まで落ちている。脚が攣りそうとか痛いとか、そういうことも全くない。
でも、ペースを上げることが出来ない。

 

前の区間で飛ばし過ぎたのかもしれないし、
後から思えば、この辺からジェルを摂るのをサボり、
アンパンとクリームパンと水と塩熱サプリだけで回していたのも良くなかったのかもしれない。
集中が切れてしまっているな、という感もあった。
まぁ、ただ、原因が何にせよ、体力・気力・テクニック・管理いろいろひっくるめて、
このへんの弱さが、今の自分の分相応なところなのかな、と思う。

 

御前山でスタッフの方に「サブ14は全然いけるよ、サブ13は・・・どうかな」と言われ、
え、そんなに遅いのか!と思って時計を見ると、目標58分オーバー。
サブ12ペースに対して58分オーバーなんだから、まだギリギリじゃんよと思ったが、
ここでもスイッチが切り替わらずズルズル後退し、大岳山では1時間20分オーバー・・・

普段のレースであれば、集団で走る・歩くよりは一人旅の方が好きなのだが、
この区間、特に大岳山までの登りは、集団に運んでもらった感じ。
ここでもし一人旅だったらもっと遅くなって、もっと後退していただろう。
ただ・・・下りのガレ場は・・・キツかった。。すべるし。

 


【長尾平~ゴール】
ちょうど1年くらい前に、日向和田駅と御岳山を往復したことがあって、
ようやく「知っている」区間に入り、ゴールもイメージできるところになり、
少し、力が戻ってきたような気がする。

 

日の出山の手前では、でかい星たちが見え、
山頂からの夜景は、素晴らしかった
(ゴール後、他のランナーの方が「今までで一番きれいだった」と話していた)。

 

金毘羅尾根約11キロは、正直「長えな・・・」と腰が引けていたが、
ここも、集団に運んでもらう。常時6~7名くらいで前後しながら走っていた感じ。
やはり、一人だったら歩いてしまっていただろうし、タイムももっと遅くなっていただろう。
快調に走れるところもあれば、ボコボコズルズルのところもあり、
ここでもリズムに乗りきれない感はあったが、まぁ、もう、気力で。
最後は、前後3人くらいで声を掛けあいながら走り、

アスファルトに入ってからは先に行って頂いたが、
歩くことはせず何とかゴールすることができた。

 

 

【まとめ】
そんなわけで、こうして書いてみると、西原峠~月夜見第二までを除けば
あまり良くなかったようにも見えてしまうのだが、
前述のように、「悪くはないレースだった」と思っている。

 

外秩父や飯能越生の時は、

レース中に「あぁ、ほんっっとにもう嫌だ」と思う瞬間があったのだが、
前回の、トレニックワールド彩の国110Kや、今回のハセツネでは、

そういった瞬間が無かった。

 

特に今回のハセツネはそれに加えて、脚を攣ったり痛めたりということも皆無であった。

自分は、「淡々と」というところに、(大袈裟に言えば)美意識を感じるのだが、
今回はそういう意味では、気持ち・体力・脚、

それぞれにおいて、アップダウンが比較的少なく、
そうしたところにも「悪くは無かった」という感想の理由が存在するのだと思う。
(こんなことを書くと、一部の人・・・特に、本気でタイムや己の限界を追及している人からは
 「ヤル気あるのかよ」と、白い眼で見られてしまうかもしれない。
 でも、こうした価値観は徹頭徹尾個人的なものであるべきだと思っているし、
 それを認められるようになってきたこともまた、気持ちの変化に繋がっているのかも)

 

あとは、やはり、長時間自然の中に身を置いて身体を動かし続ける、
そのことにのみ集中できる、この贅沢な時空間を満喫できたこと、
これも、自分のパフォーマンスはとにかくとして、

レースそのものに満足感を得られている要因だと思う。

 

これは、先の トレニック110Kですごく得られた感覚で、
何というか、少し肩の力が抜けたというか、

より自然体でレースに臨めるようになった気がする。

 

そうは言っても、早く走れることに対する意志や志向を失った訳では全く無い。
この、肩の力が抜けた感じを維持しながらも、走りのレベルを上げていくことに
引き続き向き合っていきたい。

 

・・・やめられんのう!!

トレニックワールド110Kから2週間。
前に書いた通り、その記憶でメシが食えている感じがする。

 

とはいえ、体調や仕事の調子は必ずしも順風では無い。
ただ、こういう時に、なんとなくレースのそれぞれの局面を
思い出して、状況を相対化して見れるようになった、気がする。
自分の人生において、有益な経験値になったのだと思う。

 

などと悟ったようなことを言っているが、現状はまったくもって芳しくない。
特に先週は本当に、何というか、仕事の状況を毒づいてばかりだった。
果ては、身体の複数が痒くなり、へんなブツブツが・・・

最初は、レースの時の何かがまだ残っているのか、とか思っていたが、
ふと、まてよこいつはストレスじゃないか、ということに思い至る。

 

入院手術する前にも、何度かこういうことがあった。
今はもうピンピンしているけど、定義上は完治はしていないわけなので・・・
いかんなぁ。ストレスは大敵だ。困った。

 

というわけで、この3連休、3連休では無かったけど、
普通の出勤よりは余裕のある状態だったので、
久しぶりにゆるりと長く走ってみることにした。

 

レースの5日後に、
痛みが引けたので走ってみたら全然身体が重く痛みも残っていて、
そのあとは、通勤の自転車以外は、30分程度を2回走った程度だった。

先週は、そんなわけで食生活も、手術前のムチャクチャに逆戻り状態だったので
(ストレスがたまると暴飲暴食に走るタイプだった)、
ちょっと、汗とともに毒を流さねばと、今までと違ったコースを走ってみる。

 

で、これが大当たり。
我が家から10分弱走ったところに黒目川が流れているのだが、
その川沿いが非常に良いコースであることが判明。
本格的に走り始めて1年半以上、いったい俺は何をやっていたんだ、という感じ。

 

昨日今日は、起点から黒目川を遡り、小金井街道で一度外れて南下、
清流・落合川沿いに戻ってくる、というコース。
GPSで大体18キロ、トレイル(砂利道)も結構な割合を占めており、
長さも質も環境も文句なし。右岸左岸の選択次第では、硬い路面オンリーも可。
すてき。

 

今度は逆側(下流側)を走ってみたい。ずっと行くと、彩湖に出るようだ。
彩湖の周回コースも一度走ってみたかった。
これ、組み合わせによっては30、40㌔走、或いはそれ以上にも使えるぞと、心が躍る。

 

キロ5'15~25くらいで、心拍は130以下と、気持ち良~く走る。
ただ、久しぶりに、自分的にはまとまった距離を走って、
走りの課題も浮き彫りになった。特定の箇所が痛む。
具体的には、左アキレス腱、右股関節からヒザ内側、左肩。
姿勢が悪いのだろう。

 

以前、ニューハレの芥田さんが会社近くのショップにテーピング講習にいらした際、
偶然そこに行き、芥田さんに直々にテーピングを施して頂いたことがある。
その時も、痛む箇所は同じだった。で、アドバイスを頂き、改善した。
実際、ここしばらくそこに痛みは出ていなかったのだが、
ちょっと、夏にラクをしている間に、昔の悪い癖が戻ってきてしまったようだ。

 

 

 

信越五岳トレイルランニングレースが、悪天候のため過酷なレースとなったようだ。
ランナーの皆さん、お疲れさまでした、と思いつつ、
我らがトレニックワールド110Kだって、土砂降りあり灼熱地獄ありで過酷だったぞと、
一人で勝手に対抗意識を燃やしてみる。

 

とはいえ、信越五岳は、確か制限時間が22時間と、レースの性質そのものが違う。
自分はたぶん、信越五岳や おんたけウルトラ100みたいな、
走力が問われるトレイルランニングレースは、弱い気がする。
(それ以外は強い、というわけでも無いのでありますが・・)

 

6月に飯能越生に出て、そのあと雲取山に行ったあたりから、
何というか、「走る」というより、自分のペースで自然の中に浸りたい、という
やや、ファストパッキング的な方向に、趣向が傾いていた。
ので、こないだの110Kは、大変だったけど、その欲求を存分に叶えてくれたものであった。

 

ただ一方、やはり「トレイルランナー」でありたい以上、
走る、ということに対する趣向・欲求は勿論ある。
石川弘樹さんの「From the trails」を時々見るのだが、
やはり、テンションが上がるし憧れる。

 

今年の1月にフルマラソン走って以来、ロードレースには出ていない
(今までに2回しか出たことないが)。
来年1月にも同じレースにエントリーしたいと思っているが、もう1つくらい
1~3月にエントリーしてみようかしらと考えている。

 

改めて「走り」に向き合って、身体を変えていきたいと、

そんな気持ちを芽生えさせてくれた黒目川だったのでした。
で、そんなことをやっているうちに、痒みもブツブツも少し減ってきた、気がする。

 

 


夜は、録っておいた、TJAR2012の再放送を見る。
今度24日に放映される、TJAR2016版が今からとても楽しみ。
今回の再放送は、その前哨なんだとか。

 

TJAR2012は、最初は本で読んだ。
治療は終えて、でもまだ走り出してはいない、狭間の時期に買って読んだのだった。
それぞれの選手の描写に感銘を受けたが、個人的には、やはりというか、
癌の治療直後に出走を決めたという、北野聡選手の姿から受けた影響が少し強いと思う。

 

映像は、NHKオンデマンドで何度も見た。今回ようやく録画できたので、やっと見放題に。
それにしても、これもいつ見てもテンションが上がる。


いつか自分も、人のテンションを上げられるような、走り方、生き方が
出来るようになるだろうか。なりたいものだ。

極上の、贅沢な時空間だった。

 

・・・それは今だから言えることで、
レースの最中はとてもそんなことは思えなかったけど。

 

そうした時空間を提供し、支えて下さった
実行委員の方々、スタッフ、マーシャルの方々に、本当に感謝申し上げます。

 

レース直後はヘロヘロで、「もう、いい・・・」という感じだった。
でも、ちょっと予想はしていたが、レースを終えて数日、
苦しい思い出は早くも薄れ、頭の中が良い思い出ばかりで占められつつある。
取り敢えず、この思い出だけで2週間くらいメシが食えそう。

 

これが薄れてしまう前に、備忘ということでレースを書き留めておく。

 

村上春樹の『走ることについて語るときに僕の語ること』に、
「走り終えて自分に誇り(あるいは誇りに似たもの)が持てるかどうか」という一節が出てくる。
今回のレース中、この言葉が常に頭の中にあった。

 

【レース前】
トレイルラン歴約1年半、これまでの最長距離が56㌔の自分にとって、
今回のレースは間違いなくビッグチャレンジ。
タイムやら順位やらは気にせず、丸一日かそれ以上自然に身をおける贅沢を
十二分に味わおう、というスタンスで臨む。

目標、完走。

 

とはいえ何か時間的な目安があったほうがいいので、
高低図と、外秩父50K、飯能越生50Kの記録を見ながら
区間ごとのシミュレーションをしたところ
「26.5時間」という想定タイムが弾き出される。
これを、基準兼、「これを上回ったらヤバい」ラインとする。
(制限時間は28時間)

 

あとはとにかく、調子に乗って突っ込んで前半でバテることの無いように。
とにかく、温存。ゆっくりゆっくり入ることを自分に言い聞かせる。

 

前日は、23時過ぎまで職場の歓迎会。誘惑に耐え、ノンアルコールで過ごす。
同僚にはレースへの出場は黙っていたが、流れで公表することに。
「バレた以上、絶対完走して帰らねば」と、良い意味でのプレッシャーが加わる。

準備は直前に行なうこととし、帰って即就寝。

 

6時間寝たかったが結局5時間ちょいで目覚め、準備に取り掛かる。
しかしやはり時間が足りず…いつもお守り的にやっている、脹脛や腰へのテーピングは無し。
食事は、ごはんに卵、納豆、アボカド1個。エネルギーになるよう念じながら食す。

 

会場到着。雨を予想し、心の準備をしていたが・・・とてもいい天気。ていうか、暑い。
この暑さはやや予想外。少し不安になるが、まぁ、条件は皆一緒なので。
とにかく、無事スタートラインに立てたことに感謝し、出発。

 


【~くぬぎ村体験交流館(12.8㌔)】
プラン通り、とにかく調子に乗って飛ばさないように抑えて入る。
しかし、登りで心拍が150を超えることがちょいちょい。
自分的にそれは「飛ばしている(=調子に乗っている)」数字なのだが、
「心拍は暑いから上がっているだけ。息は上がっていない。大丈夫」と、
特に緩めることはせず進む。

1時間おきにとろうと思っていたジェルや塩熱サプリもいきなりサボる。
わざとサボったのではなく、特に必要性を感じず、気づいたら時間が経っていた感じ。
ただ、頭のどこかで「もう少し抑えたほうがいいのでは…」という懸念があったのも事実。
マイペースではなく、周りのペースに合わせてしまっているな、、という感覚もある。

 

 

【~堂平キャンプ場(24.3㌔)】
なんと・・・20キロ手前の登りで、突然脚が攣る。しかも両脚。腿の内側。
これには愕然。50㌔のレースでも、こんなとこで攣ったことなんぞ無かった。
これであと90㌔・・・無理だろう(泣) 早くも脳内に悲壮感が漂う。
ただ、筋肉がピクピクとケイレンしている感じでもなく、
脚全体がジワ~ンと攣る感じ。
焦りながらも、これはきっと、脱水もしくは電解質不足だ、だと思い込むようにし、
とにかく水と、塩熱サプリを数錠投入。ジェル系も。そしてスピードを落とす。
その後は攣り返すことなく何とか進み、どうやらダメージもほぼ無さそう。
対処が合っていたのか、ただの気持ちの問題かは分からないけど、とにかくホッとする。
あとで記録を見ると、中間点を除くとここでの棄権が一番多い。
コースも陽射しもタフなところだったのだろう。
あれだけ言い聞かせても調子に乗った自分に首を捻りつつ、

「吾那神社までは温存!」と心に決める。
堂平キャンプ場に着くころには、すっかり回復。
夕暮れ時期で賑わっていていい感じ。家族と来たいなとボンヤリ思う。

 

 

【~定峰峠(32.2㌔)】
区間距離が短く、ボーナス面だと思って進む。
堂平で装着していたヘッドランプを途中で点灯。
ヘッドランプを点けて山を進むのは2度目。しかも半年以上前に30分くらい走っただけ。
ちょっと不安だったが、それ以上にワクワクが勝る。
定峰峠のエイドでは暖かいお味噌汁がある。攣って以降水を飲みまくっていたせいか、
少しお腹が冷えているような気がしていたので、とても嬉しい。
「おかわり何杯でも」の声に甘えて、4杯頂いてしまう。周囲のランナーに笑われる。
そのうち一人に「元気一杯っすね!」と声を掛けて頂く。
そうか、俺はそういうふうに見えているのか。まだまだ大丈夫だ。

 


【~飯盛峠(43.4㌔)】
4杯の味噌汁が暴れないよう、ゆっくり入る。登りは嫌いだが今はありがたい。
すっかり真っ暗になり、白石峠を越えたロードでは、前後に人も無く、
「漆黒の闇を進む」状態に(実際電気を消してみたら本当に真っ黒だった)。
空が晴れていたら、きっと星がすごいんだろうなと思う。
心細さ1割、ワクワク9割という感じ。とにかくロストをしないように気を付けて進む。
それでもこの区間、2回ロストしかけた。
何れも数名周囲にいる時で、声を掛け合って事なきを得たが、危なかった。運が良かった。
途中、大野峠からの夜景は絶景。外秩父の時も思ったが、すごくいいビューポイントだ。
やがて、細かい雨粒が視認できるようになる。

下界は夕立か、ドドン・・・ドドン・・・と遠雷が聞こえる。

 

 

【~ニューサンピアおごせ(55.3㌔)】
ほぼずっと下りなので、気は楽。
ゆっくり走る・・・というか、早歩きくらいの気持ちで脚のダメージを抑えるよう心掛ける。
あくまでまだ半分だぞ、と言い聞かせて進む。
レース前には、中間地点では「あと55㌔・・・マジか・・・」みたいになる

自分を予想していたのだが、
意外と大丈夫というか、残りの距離に対する恐怖や気の重さは無い。

今のところ、調子は悪くないようだ。
雨が少しずつ本降りになってきたが、木々で遮られるしどうせ汗で濡れてるし、
ニューサンピアに着けばデポもあるし・・・ということで気にせず進む。
麓についてロードに入るころには完全本降り。真夜中のロードはこれまた新鮮。
無事に中間点に到着。エイドとしてはさすが一番の充実っぷりで、

そうめんとカレーとカップ麺を頂く。
体育館で食糧を補充し、靴下を変える。15分程度の滞在を目論んでいたのだが、
あとで見たら、ここに35分滞在していた。おかげさまでしっかり英気を養えたのだと思う。

 

 

【~桂木観音(62.1㌔)】
35分の滞在の間に雨はいよいよ本降り。ザックの上からレインウェアを羽織り、スタート。
ほぼ同時期にスタートした方と、「萎えますねぇ!」と元気な挨拶を交わし、

つかず離れずの距離で進む。
途中からは4名ほどの集団に。ここでも一度ロストしかけたが、

皆で声を掛け合い、すぐに元に戻る。
この区間は距離は短いし、登りもそこまできつくないのが分かっていたので、

心のどこかに安心感を抱きながら進む。
意外と遠いな…と思ったところでエイド。ふと思って通過順位を聞くと、

「30番ちょっとですよ」との返事。まじで??というのが率直な感想。

脚を攣って以降は抜かれまくっていたと思っていたので、
印象としては100番近くを進んでいると思っていた。リタイヤも多いのだろうか。
一緒に進んでいた方の、「なんだ、俺ら優秀じゃないすか」の冗談に元気をもらい出発。

 

 

【~高山不動(70.6㌔)】
一番警戒していた区間。

6月の飯能越生50Kで、関八州見晴台から全洞院まで一気に下るとき、
「もしここを登れと言われたら嫌だな…」と思ったのだが、
その「嫌だな…」がかなりの割合で現実になっているパート。
また、自分の場合いつも、中間点を過ぎたあたりで、嫌な疲れが来るので・・・。
でも、今日はとにかく、ゆっくりでもいいから歩を刻むのだと、腹を括って進む。
前区間で一緒だった方々は先に行き、さらに何名かに抜かれたが、気にしない。

温存だ。とにかく一歩一歩。
相変わらずの漆黒の中、前後のランナーの灯りが、

上のほうにポツンと見えたり、下の方にポツンと見えたり・・・
静謐な、不思議な、空間が続く。おかげで、延々と続く登りに気持ちが折れることなく、

遅いながらも淡々と歩を刻める。
疲れはあるし時々脚を止めて休むが、

このシチュエーションに、心の中のテンションが保たれる。
とはいえ、ようやく関八州見晴台についた時には、さすがにホッとする。難関突破。
少し前で追いついてきた方と、言葉を交わしながら高山不動まで下る。

 

 

【~竹寺(80.6㌔)】
出発前にトイレを済ませたところ、急に寒気が。
エイドで休んだところに熱が逃げたからか、歯の根が合わなくなる。
慌ててスピードを上げて身体を温めたところ、すぐに治った。

レインウェアを着ているおかげで、体温の戻りも早い気がする。
今後、冷えたらスピードを上げれば良いのだなと、安心して進む。
この辺りからは、西武線ユーザーとしては「ホーム」に帰ってきた感があり少し心強い。
西吾野駅に降りた辺りで空が白み始め、子ノ権現への登りが始まる。
飯能越生の逆コースだし自分でも走ったことあるし、
勝手知ったるゾーンに入ってきたぞと心が勇むのも束の間、遠い・・・

なかなか着かない・・・こんな長かったっけかこの道?
この苛立ちに合わせ、夜が明けたことで空間が緩んだか、眠気が襲ってくる。

さあちょっときつくなってきた。
やっとのことで子ノ権現に着き、しかし今度は竹寺が近づかず、

ややテンション下がり気味で竹寺へ。
でも、このエイドにはお粥があった。あつあつのお粥を二杯いただき、生きかえる。

今度はトイレに行っても震えがこない。

 

 

【~吾那神社(91.2㌔)】
西吾野駅のころから、足裏の痛みが気になり出していた。

一歩踏み出すために剣山踏んでるみたいな感じ。
足裏がふやけてシワが固着してしまったせいだったのだが、なぜかそれに思いが至らず、
土が靴下の中に入ってしまったせいか・・・いつ入り込んだのだろう・・・と、
見当違いのことををボンヤリ考えながら進んでいる状態だった。
飯能越生の逆コースだと思っていたので、

竹寺を出てからはしばらくロードの下りが続くのだと思っていて、
足裏の痛みのことを考えるとかなり鬱だったのだが、

出発してすぐ、そうではないことが判明。
ホッとしたのも束の間、このコースがとにかく滑る滑る。
こっちがへっぴり腰なのも悪いのだが、ドロドロでまったく制御できない。
諦めて、場所によっては数メートル滑り落ちて進み、なんだかもう全身が泥だらけになる。
下り切り、前坂までの登りではまた眠気が襲ってくる。
このあたりから、登りは動きがいよいよゆっくりになり、眠気との戦いになる。
前坂の手前あたりでふと時間を確認し、

このままでは、これまで保っていた想定ペースを超えてしまう上に、
制限時間まで1時間の貯えが無くなってしまう、と、朦朧とした頭で認識。
幸いここから次のエイドまでは、飯能越生も含めてこの半年で3~4回走っているコース。
危機感による覚醒と、ある程度コースを知っている安心感からか、

走らねば!という力が湧いてくる。意外と走れる自分に驚く。

雨も止んだようだが、レインウェアを脱ぐ間も惜しんで走る。
大高山を過ぎ、天覚山がなかなか出て来ないが、それでも走る。
あとで見ると、この区間だけ、区間順位がびよんと高くなっていた。

 

 

【~桂木観音(101.8㌔)】
吾那神社(東吾野)から、ユガテ、一本杉峠などの道は、

春から数えると5回くらい走っている。
俺の庭に来たぜ!くらいの気持ちで行きたかったのだが、

全く「慣れた道」という感じがしない。
さっきの大高山~天覚山の部分は、

レースを意識して「試走」の位置づけで走っていたのに対し、
こっちは普通のトレーニングとしてゆったり走っていただけだったので、
コースのインプット具合も全然違うようで・・・「こんなきついっけ?」という感覚が剥がれない。
登り基調な上、さっきの区間で張り切り過ぎたのもあってか、

いよいよ眠気がMAXになり、ついにトレイル脇にへたり込んでしまう。
ちょっと一分寝る・・・と思っていたところ、

後ろから追いついてきた方に、「大丈夫ですか」と声を掛けて頂く。
「いやもう眠すぎて・・・」などと返し、その方に先に行って頂く。
するとその方が、追い抜きながら「完走しましょう!」と力強い一言を下さる。
「ええ!」と返事した瞬間、大袈裟でなく、身体に力が漲る感じがし、

立ち上がることが出来た。こういうことって、あるのだな…
とはいえ歩みは遅々として進まず、やっとのことで一本杉峠へ。この時点で正午過ぎ。
ふと案内板を見ると「桂木観音 4H」の文字が。
ちょっとまて、関門まであと2Hだぞ。

ここから下りとはいえ、コースタイムの半分掛かってしまうと2H、
今の自分の脚だと・・・まずいぞ・・・
というわけで、前坂以来の覚醒がやってきて、

桂木観音までの下りを、遅いなりにぶっ飛ばす。
下りは脚に来るけど、集中する分眠気がやってこないので、今の自分には助かる。
おかげで1Hかからず桂木観音へ。この時点で、ゴール制限時間まで約3H。

見えた、見えたぞ・・・。

 

 

【~ニューサンピアおごせ(110.0㌔)】
エイドの皆様、お姉さま方に感謝の言葉を述べ、

ピコピコハンマーで気合いを入れて頂き、最後の出発。
それにしても、エイドの皆様のご尽力、またエイドの充実っぷりには、本当に感謝しかない。
何せゴール後、温泉に入った後に体重計に乗ったら、

スタート前と体重が殆ど変っておらず…
最後まで、いろんな意味でたくさんのエネルギーを頂きました。
出発し、下り坂をそろそろと下る。

竹寺あたりからよく一緒になり話をさせて頂いた方に引っ張ってもらうが、
途中からペースをゆるめ、自分のペースで、ゆっくり、確実に歩を進める。
下り切って、最後の登りは大高取山。

外秩父の時のラスト、きつい登りというイメージがあったので、
最後の難関だと警戒していたのだが、今回の登りルートは・・・何というか、幻想的というか・・・
木々、葉、蝉の声、陽射し、遠くに見える仲間、空気・・・

夜中の高山不動とはまた違った静謐。
この光景を多分ずっと忘れないだろうと思いながら歩く。
しかし眠いものは眠い。下りが待ち遠しい。
下りに入っても、もうさすがに飛ばせないが、構わない。自分の出せるスピードで進む。
そしてついに最後のロード。

足裏のマメと前腿の痛みで、ロードで進めるかもちょっと心配だったが、
ラスト、頑張って走ろうと腕を振る。暑さは気にならない。気持ちいい。
ここでも、その陽射し、空気、景色を、ずっと忘れることは無いだろうと思いながら走る。
ゴールに近づくと、スタッフの方が待っていてくれて、

声を掛けて下さったり、ハイタッチをしたりしてくれる。
これもまた、心に沁みる。

今回のレースは、今までで一番、一緒に走るランナー、スタッフの方々・・・
「人」の力を感じ、助けられながら走ったレースだった。

 

そして、ゴール。大きなガッツポーズが自然と出る。ホッとした。とにかく、ホッとした。

 

 

≪まとめ的な≫
鏑木毅選手が何かで、

「(レース中)大きな怪我をすれば、レースをやめる理由が出来るのに、

 と思いながら走っていた」
というようなお話をされていたと記憶しているのだが、

レース中、特に後半、この話も何度も頭をよぎっていった。
合法的にやめてしまうことができれば楽になるのにな・・・と。

 

ただ、やめずに最後まで走り通すことが出来た。
このことは、自分の中に少しだけ

「誇り、あるいはそれに似たもの」を残してくれたように思うし、
自分の中に、自分を支える何かがあったのだ、ということを認識させてくれたように思う。

 

勿論、それだけで走ったわけでは全然無く、運も良かったし、
自分以外の様々な方々の支えあってのこと、というのは大前提として。

 

・・・いずれにしても、とにかく、極上な旅でした。本当に素晴らしい時空間でした。
感謝、感謝です。