今興味ある事の1つである、「宗教」の中で特に「ユダヤ教」というのに興味があるので、現在私家版・ユダヤ文化論
ユダヤについての直接的な表現ではありませんが、気になったところ。(というか、何度か僕がこのブログに書いてある事を別の角度で書いていたので引用させていただきました)
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「ユダヤ人」という概念はその人を指して「お前はユダヤ人だ」と名付ける人と同時に出現した。「ユダヤ人」という概念で人間を分節する習慣のない世界にはユダヤ人は存在しない。ユダヤ人が存在するのは「ユダヤ人」という名詞が繰り返し同じ何かを指すと信じている人間がいる世界の中だけである。
_____________________________私家版・ユダヤ文化論
これは、現在の「ストレス」というものや、ひいては「いじめ」などの社会問題にも言える事だと思う。
まず、「ストレス」について。
この言葉が出てきてから「ストレス社会」などと、マスコミは多く取り上げるようになり、その影響で、子供でさえも、「わー、ストレスたまるわ~。」という会話がされていました。
概念論と言うか、「言葉の力」と言った方が良いかもしれませんが、その言葉として具現化する事で、人はより意識する様になります。(コレは良い意味でも悪い意味でも。)つまり、「ストレス」という言葉が、当たり前である言葉になったため、それを感じるのは当たり前であるような社会になってしまったと思います。
もちろん、「ストレス」という言葉がなくても、そのもの自信は存在していたでしょう。しかし、そのことがが具現化(言語か)され、存在を認識するという段階がとても大きな変化であると考えています。
認識する。つまり「存在の知らない世界」にあったものが、「存在は知っている世界」に移動するのです。
そうすると、人は興味を持ってしまいます。
この観点については、教育に繋がる観点ですので、もっとしっかり書きたいのですが、これは次回にさせていただきます。
