梅田 望夫, 平野 啓一郎
より メモ1
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平野 インターネットによってグローバリゼーションが進むと良く言われますが、
一面では逆に一人の人間のナショナリティは強化される方向に向かうのでは
ないかと思ったことがあるんです。
(中略)
フランスにいても、僕の知っている日々の情報と、フランス人たちが知って
いる日々の情報との間には国境が引かれている。日本語の情報そのものは世
界中から閲覧可能でも、それを読めるのは主に日本人ですから。その国境は、
そのまま、僕と彼らとの間に引かれたものだという感覚を持ちました。
梅田 そうですね。
(中略)
日本の場合、日本という国と日本語圏がたまたま一致しているので議論が難
しいのですが、ネットは国の壁は越えられるが言語の壁はなかなか超えられ
ないというのが僕の感覚ですね。
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p32~p33
自分で、言語の壁というのに、どう関わるかを決めなければいけないと感じました。
自ら話すのか、通訳を使うか、海外と関わらないか。
さた、ボーダーというキーワードからもう1つ。
ボーダレス化というものが進んでいると言われていますよね?
この場合のボーダーは国境でしょうが、僕は様々な部分、特に個人の部分でもボーダレスに対応できる事が需要になってくると感じています。
具体例で言うと、ITと経営。
現在、ITはたんなる技術ではなく、経営を支えるものとしてもとらえられています。そういう中では、「ITを理解できる経営者」や「経営が出来る技術者」というものが重宝されると言う事です。
またそれは、建築と社会学でも言える事だと感じています。
と、言う様に、様々な部分、ミクロマクロとわず、ボーダーがなくなっていく、(というかもともとなかったものを勝手に人間がつくっていたのでは。)のではないでしょうか。
そこで、既存に存在するとされていると、思われている様々な境を再考し、再定義し直すことが重要であると感じています。例えば、ある人から見ると、経営とITは実はすごく近いんだっていう議論すらばかばかしいと感じる人もいるでしょう。そんなの当たり前だって。
そのように、ある枠でかんがえるのではなく、自ら考える事で、自分がどういう立ち位置で社会に関わって行くかというのが、明確になるのではないでしょうか。