ここから私の記憶には空白が生じます。

猪木が急にテレビに出なくなったこと、そして環境の変化もありました。

 

そして小学校の高学年になったころから再び見始めるんですね。もちろん新日主体ですが、全日も見れる時は見ていました。

もうこのころの私は猪木信者になっていました。

 

そして並行してプロレス専門誌、当時は月刊誌で、「ゴング」「別冊ゴング」が月一刊行されていて、情報はそこでした。まあ子供だったんで、なかなか東京スポーツは自分では買えませんでした。それはエッチな記事があったから(^^)

 

新日本の初期は、猪木に合う相手がほとんどいませんでしたし、日本陣営もなかなか苦戦をしていました。

やっと坂口が合流して、そしてまず初めのスター外国人はタイガー・ジェット・シンでしたでしょう。

 

無名レスラーでしたが、めちゃくちゃな試合スタイル、サーベルの柄の部分で攻撃をするスタイルは斬新でしたが、偏屈なアンチファンは、なんでサーベルの剣の部分で刺さないのか?と言ってバカにしていましたが、考えてみると、それは犯罪で、殺人未遂ですよね(^^)

 

さらにスタン・ハンセンが出てきます。そして彼はニューヨーク経由という事で、マクマホン・シニアと正式に業務提携をしたことで、外国人ルートが確立され、シリーズが充実してきます。

 

 

いきなり私服で乱入したシンでしたが、

 

猪木と戦うことでトップヒールに

 

そしてハンセン

 

日本で一番出世した選手でしょう