大きい番号は、活躍すると若い番号になって行く傾向が昔はありました。もちろん今でもそうですが、選手によっては大きな番号のまま愛着を持っていく選手も多々出てきていますね。

イチローの51番とか、松井の55番、なんかは象徴的ですね。

 

40番は、50年から付けられ始め、57年から並木が、60年から朝井が、68年から桑野が付け、それぞれ若い番号になって行きます。

そして74年から助っ人で中日から来たテーラーが2年間つけ、76年からラインバックが付けましたね。助っ人の番号になりつつありました。

特にマイク・ラインバックは、私が大好きな助っ人で、ガッツあふれるハングリーさを持った選手で、日本で成功した優良助っ人でした。怪我と戦い克服して活躍した努力の人、昔「思い出の助っ人」、「探偵ナイトスクープ」での映像で、

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と、過去に2回記事を書くほど好きでした。

 

この番号を付けた助っ人は、その後、デード、ゴンザレス、アレン、ウイン、マクドナルド、台湾から鄭 凱文と多くの外国籍の選手が付けましたね。特に鄭凱文は、台湾の中信兄弟で主力投手となっていて、阪神の育成下手、使い方の悪さが現れた例ですね。

 

近年の日本人選手は捕手の岩切、鮎川、有倉、塩谷、2004年から桟原が付けて2005年の優勝時には中継ぎで活躍しましたね。

2014年からはDeNAからFAの人的補償で鶴岡が付け、今は福永が付けています。先発かリリーフか、使い方が難しい投手ですね。

 

そしてちょっとオカルティックな話では、40番は事故死が多いと言われています。65年から2年間つけた土橋修という投手は交通事故で、並木輝男は49歳で脳溢血で早世、そしてラインバックは自殺とか事故とか言われている亡くなり方をしています。

偶然でしょうけど…

 

ラインバック

 

桟原

 

鄭凱文

 

そして今は福永