以前にも「WWEと業務提携? いまは昔」 http://ameblo.jp/atts1964/entry-12107852990.html でも書きましたが1985年に、WWE(当時はWWF)との業務提携が終わった年でした。
春のWWFの主力が一斉に来るというふれこみの「MSGシリーズ」、また暮れの「MSGタッグリーグ」は大きな目玉シリーズでしたが、これでこの大会も終了することになりました。

ビンス・マクマホン・シニアと、新日本は良い関係にありましたが、前年の1984年に死去して、継いだのが現ビンス・マクマホンでしたね。
当時から、シニアからは、若造扱いされ、あまりいい評判ではなかったビンス。 猪木や坂口も彼とは始めからソリが合わない感じがしていました。

どうして提携が終了したかは、後年坂口とかが話していますが、契約更新するために莫大な金額を吹っかけてきたというのが真相らしいですね。
まあ息子の体制となり、新日本との関係をシビアなビジネスにして行ったという事でしょう。
まあ経営者としては当たり前で、どうやらシニアは新日本に対しては本当に条件面でも親身になってくれていたのが実情でしょう。

考えてみれば、激動の中旗揚げした新日本に対して、始めから不定期ながら外国人レスラーを派遣してくれ、サンマルチノ以外のWWWF(後年のWWF)のチャンピオンをずっと派遣してくれたんですからね。
当時、NWA、AWAのチャンピオンが新日本のマットに上がることは皆無で、唯一権威のアルベルトはこのWWFでしたから。 “世界” という名は消えましたが、由緒あるベルトでしたし、なんと言ってもマディソン・スクエア・ガーデンという、スポーツの殿堂を本拠地に持っていたのは強みですよね。

でも新日本側も、自然と離れて行ったようですね。 IWGPが始まり、毎年開催していくようになり、MSGシリーズがいらなくなりましたからね。
ただ今でも思うんですが、もし新日本に新間寿氏が残っていて、今のビンスと関係を続けていたらどうだっただろうと。

このあとWWFは、アメリカマット界を制圧していきます。 途中WWEに名称変更して、ニューヨークの1団体の全米進行が始まるんですよね。 初めはどこまでできるんだろうか? と高をくくっていたライバルプロモーター達、そして日本の団体でしたが、それは当時もう弱体化していたNWAは、あっという間に木っ端みじんに消えて行きました。

まあ一時期テッド・ターナーがWCWを立ち上げ、NWAの支配下に置き対抗しましたが、結局ビンスの世界戦略に屈しましたからね。
そう考えると、今の新日本が、WWEをお手本に企業として拡大しようとしていますが、一大巨大産業となった功績は、やはりビンスの手腕なんでしょうね。
今年で70歳、もうシニアの無くなった年齢を超えていますが、ビンスの野望はまだ続くんですかね?