社長に戻って、元のさやに納まり、また新日本プロレスの反撃が始まるのか?と思われていましたが、切られた新間氏が暴れはじめるんですね。
という感じに世間は見ていましたが、プロレスラーでない新間氏が、どんなに吠えても新団体なんかできはしません。

ただ、当時の会場は、新間氏がリングに上がると、何か爆弾宣言をするのではないかと期待が盛り上がり、シンマコールが会場全体から起きるほどでした。まあその部分では一流レスラーのようでもありましたし、テレビやラジオ番組でも彼の話は面白かった。

だから、新日本を追われた時は、何か新日本プロレスが片腕をもがれたなあという印象でした。 と同時に、絶対このままでは終わらないだろうなという予感がしました。
事実専門紙(誌)では吠え始めていましたからね。

じゃあ誰を引き抜いてくるのか? しかしそれには資金源が必要ですよね。 当時の資金源と言えばテレビ局。 いまだったらスポンサーを抱き込むという手もありますが、視聴率を稼げるコンテンツという位置づけがされていた当時のプロレス、さらに言えば新日本プロレスなら、飛びついてくる局がある可能性は高かったでしょうね。

噂に上ったのはフジテレビ、当時は女子プロレスこそ持っていましたが、男子はいまだかつて中継したことはなかったですね。 TBS、テレ東は国際を放送した実績はありますが、いずれもコケて撤退していましたから、狙うならフジだったことでしょうし、フジもまんざらではなかったみたいですね。

じゃあ誰をエースにするのか? もうそれは猪木しかいないでしょう。 猪木が移ればテレビを取れる。 ただこの時、誰が誰と交渉していたのかが、気になりますね。 新間氏が直接交渉していたのか? それとも間に誰か入っていたのか?
こういう重大な交渉ごとはなるべく短いルートで水面下で行う事が鉄則ですが、なかなかそうはいかない注目事件になっていたことでしょう。

後の前田日明は、猪木自身が、ハイセルの資金獲得のためフジに話をもって行ったと、また新団体もそのための物と言っていますが、そこの真相はわかりません。 ただ、猪木、新間、それぞれの思惑があったことは事実でしょうね。

この時猪木は、新間氏に「あとで俺も必ず行くから」と口約束をし、さらに移籍金も受け取っていたとされています。
まず先人部隊として、前田日明、剛竜馬、グラン浜田、フリーのラッシャー木村の参加が決まり、新日本から藤原嘉明と高田伸彦(延彦)が旗揚げ戦に特別参加しています。

特に前田選手は、当時まだ現職にあった新間氏のWWF会長という特権を生かし、ニューヨークに遠征、そして初代UWFチャンピオンになっています。
この時の、はじめてのUWFのポスターが凄いんですよね。 
新日本の豪華外人レスラーの写真をほとんど乗せており、この中から何人かは参加するという、非常に挑戦的な貴重なポスターになっています。 そしてその中心に新間氏が(^^)

とうとう大嵐が始まったマット界でしたね。