マンハッタンのベンチには、市民の有志によって
各々文字などを刻んだプレートが貼ってある。


「貴方と出会えた日々が、私の幸せでした」


そう、英語で書かれたモノを見たことがある


おそらく、もしかしたら失礼にあたるのかもしれないけど
これを貼った人は、愛した人を失ったのだろう
つまり相手が亡くなった、と思った。


人はきっと、運命という、呼びかけのような、
レールといった固められたモノではなく、
呼びかけに近い、ただのそうアドバイス、
導きに、悩み苦しみ混沌とそして、一喜一憂して
生きてゆくんだと思う。


それを人が、まるで初めから定められた、
逃れることのできないような
自らの言い訳に使っているのかもしれない。

もちろん僕は神様でもないから、
本当のところは、わからないし、
こんな話をしたところで、

僕自身、何度、悔やんだことか・・・・

えらそうな事は僕にはいえない。



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僕の話を聞いた彼女は、僕に聞いた。



「ねえ、貴方なら何て、このプレートに書く?」
How about you will be writing in this plate?


僕は、迷わず、答えた。

「I Love You sayuri,forever」


彼女は苦笑して、
「もう少し気の利いた事は思いつかないの?」
と、言ったが、


僕は、

「迷惑?」と答え訊ねると、


I didn't say that
(そんなことは言ってない)
と、あえて、英語で答えた。



僕たちの恋は、すでに終わっていた。

でも、もしベンチにプレートを残すなら
ジョークと、そして後悔を含めて
そう書きたいと思った。
本当に、愛していたのだと。

会話の終わりが、今日の終わりかと思った時だった。

彼女が背中越しに、僕に言った。





「一度でも、そう言ってくれたら、運命は変わったと思う」




.........ditto...


そういった僕の言葉に、
彼女は、えらく驚いて振り向いた
二人が何度となく、映画館に行って見た

映画に出てくる鍵となる台詞.........


彼女は僕と同じ身長なのもあって
瞳の位置が同じだった。
その瞳に言葉が無いほど、ため息をつき、
久しく懐かしい笑顔の後、

半ばガッカリした日本語を使った。


「よく覚えてるわね・・・貴方」


僕は、「昔の話だよ」

昔の話・・・同意を求めるわけでも、

その言葉がどんな意味を持っているかを
彼女に伝えるわけでもなく、

勝手に、僕の中で、口から出た思い出の言葉・・・

想い出・・・


そういって、この話を終わった。
そう、あの頃の僕と同じように。
もう、彼女に何も言えなくなっていた。


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JFKまでの、見送りも断って、
僕は二度と彼女と会うことは無いと思った。
運命が、そう囁いたわけではなく、
僕が勝手に、そう思った。

運命といっているものは、
自分勝手な人間が口にすることなのかもと
今は思う。



今度、日本でもこの映画のリバイバルするようだが、
吹き替えでは出てこない台詞の一つだ。
よく、二人でその映画を見に行った。
10回以上、見に行って3回泣いた。
彼女は、6回だ。

「ditto」 意味は 同じく......

そう、君と、同じく、僕も、君を。


言葉は、人の気持ちを正確には伝えられない
でも、僕はあの時、間違いなく、そう想っていた。

ただ、言えなかっただけなのだから。





音楽の世界に、といっても、
音楽機材、といえばいいのか、
そう奥がましいことではない

近頃は、良くも悪くも
電車の中ではi-podや携帯の音楽再生機能をつかって
音楽を聴いている人が多い。

まあ、これは90年代後半、僕がアメリカに行ったとき
すでにi-podをみんな持っている感じだったのに驚いた。
それまでのウォークマンや、ディスクマンに、
まるで簡単に取って代わられた。




10年、いや、15年以上遅れて、日本ではやっとそうなった、
しかし、音楽シーンは、もうコピペの時代になり、
ゆとりな種族、培養された、そう
まさに、ブロイラーのような年だけ進んだ子供たちが
漫然と、隣の人が聞いているだけの理由で音楽を耳にする。




とある友人に、以下の話をして、気分を害されたことがある。
彼はものすごい、高価なヘッドフォンを、彼女から送られたという。
まあ、その彼女とは、不倫の彼女なのだが、
(つまり、旦那が稼いだ金で買ったモノ)
ずいぶん自慢の代物だった。それも、僕には、納得できることだった
ただ、彼は、調子に乗ったわけではないのだろうが、
人にも、その下位モデルを薦め始めた。

僕は、友人に落胆した。
エージングの説明もなく、また、その品は、
フルカバーであるということ、金額も6000円近い
性能の問題ではないということを分っているようで
勘違いしているように感じた。

ちなみに僕の使っているヘッドフォンは、1980円くらいだ。
ただ、よく、TowerRecordや、HVMなどで、視聴用におかれている
あのヘッドフォンである。
なぜ、どこも、あれを使っているのか、
その理由も考えたことがあるだろうか。
本当はある意味、どこのどのメーカーでも
遜色はあまりない。それは、何万円もすれば
まったく別次元も可能である。
大事なことは、そのエージングと呼ばれる
鳴らし運転によるものなのだ。
いたってシンプル、そして、ある意味世界に一個しかない
アイテムになる。
そのくらい、エージングの差で、音が違う。




日本人は、結局、自らの自己表現をすることができない。
銀行の前で踊る若者のような、勘違いな自己表現でもなく、
踊ることよりも仲間が、友達が欲しいのだろう。
もし本当に、ダンサーを目指すなら、
英語を習い、マンハッタン、タイムズスクエア向かうべきだ。
もしくはロシアで、国立バレー学校に入るとか・・・
何事にも、希望するモノに対するプロセスもしくは、アクセスが
あいまいすぎて、結局何もできずに終わることを、
周囲が「仕方ない」と諦める




ネットのお友達に進められてMAC(マッキントシュ)を買うような
主婦などもそうだ。
ネットもパソコンもわからず、マックを手にする
それは、ある意味、とても理にかなっている
どういうことかといえば、
貴方のような人は、マックで無ければ、ほかの人と同じようにはできない
とでも、言われているようなものだ。

まあ、今のマックのOS自体、そうも言い切れない部分はあるが、

社会現実的に言えば、シェア95%のWindowsの世界から、
離脱する意味を考えるのは容易である。
学生なら、落ちこぼれ、となるのだ。

あらかじめ言っておけば、1992~97まで、日本のマックの
ローカライズカスタマーを担当した経験がある。
マックにかかわるAdobe社はじめ、200以上のソフトにかかわった
(使った)経験がある
さらに言えば、我が家にはUNIX系サーバもあり、それが元職でもある


今挙げたてきた事に、ひとつの共通点がある。
スティーブジョブス(Apple社の創業者)の言葉でもあるが
Think different (違いを考えよう)


世の中が、人間関係が、仕事が、作品が
悪い流れに行くときは、決まって
自分本位になり、世界という周囲を見渡せないときである。






では質問の答えだ。


長い間、当たり前に、テーブルに出された一品は、
実は、結婚以来、ずっと、嫌いだったと
ある日、告白されることは、先に挙げたような話と、


何も変わらない。










「顔が近いから!離れて!」




別に、悪意は無いのだけど、

大きく声を出して、気まずい・・・・・

大人びた裕福な家の中学生は、

あまりにも世間の理を知りすぎている





待ち合わせの場所を

川原でといったものだから、

どこの橋からどこまでなのか、

まったく分らない



ひたすら自転車で探して

やっと見つけて



「ったく、どこいるのさぁ」


「ここ(笑)」




屈託無く、そして悪気も無く

微笑む貴方を忘れない。




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さあぁて、帰ろうか。

電車に間に合わないぞ。といって、

立ち上がると、



「田舎住みで、わるかったわねーー」


といって、跳ね上がるように君は立ち上がり、


今度は、本当に、僕の頬にKISSしてきた。



不思議なことに、

さっきより近いはずなのに

しっくりくるというかなんというか

不自然ではなかった。





貴方は、呆然としている僕に、



「貴方のせいで遅れたって電話しようかしら?お母さんに」



といって、歩き出した。








もう、23年前の事だ。