与那国フィールドノート -63ページ目

ウブドゥマイ浜

11月29日、ウブドゥマイ浜へ行ってきました。

東崎の西寄り、北の海に面した砂浜です。


2011年3月8日に撮影した浜への下り口です。

吹きだまりになっていて、行き場をなくしたゴミが長年そのままになっていました。

与那国フィールドノート

それがなんと・・・


与那国フィールドノート

スッキリ!


与那国フィールドノート

暗澹たる思いで眺めていた冬の浜が・・・


与那国フィールドノート

スッキリ!

気持ちも晴れ晴れ!



重機を使って漂着ゴミが撤去されました。

しかし、この光景をいつまで保つことができるでしょう。

波打ち際には、すでに新たな漂着ゴミが押し寄せていました。

大部分が近隣諸国の生活ゴミと漁具です。

黙って他人の尻拭いを続けていく理由は探せません。

与那国フィールドノート

                  2011年7月12日、ウブドゥマイ浜。


寄生バエに卵を産み付けられた幼虫

与那国フィールドノート

朱色の実が目を引くヒラミカンコノキ。

方言名はヌーヒディヌ、野のヒディヌだ。

対するダマヒディヌ、山のヒディヌはキールンカンコノキ。

こちらは、たびたび本ブログにもその名が登場するヨナグニサンの食樹で、マーヒディヌ、真のヒディヌとも呼ばれる。


ヒラミカンコノキは野のヒディヌと呼ばれるだけあって、明るく開けた放牧場周辺などに多い。

ヨナグニサンの食樹でもあるが、生息環境と自生環境にズレがあるからか、利用されることは極めて稀。


与那国フィールドノート

放牧地を囲む有刺鉄線に沿って生えたヒラミカンコノキに幼虫を見つけた。

ヒラミカンコのほかモクタチバナも多く生えていたが、見つかった幼虫は写真の個体のみ。


よく観察してみれば体表に寄生バエの卵が産み付けられていた。

与那国フィールドノート

気門の上は狙われやすい。


与那国フィールドノート

腹脚の根元。


与那国フィールドノート

尾脚の表面。


与那国フィールドノート

与那国フィールドノート
すでに孵化し、体内に侵入したと思われる跡もあった。

11月23日撮影。


チリ捨て場とイソマツと空き瓶

2007年4月、与那国島に一般廃棄物最終処分場が稼働した。

それまでは通称「チリ捨て場」と呼ばれる公認の?廃棄物投棄場があった。

生ゴミから家電、家具、自動車、廃材、さらには家畜の死体まで・・・ありとあらゆるものが捨てられていた。


しかし、チリ捨て場は宝の山でもあったよな。

僕はまだ使える家電や家具をずいぶん拾ったし、廃材で家の補修をしたり、バイクなどの必要な部品をとったりした。

・・・チリ捨て場が僕の生活を支えていたのは確かだ!

だからチリ捨て場がなくなった時、内心では、困るんだよなあ、なんて思ったりもした。


与那国フィールドノート

チリ捨て場が廃止されて数年、様々な植物によって覆い隠されようとしている。


与那国フィールドノート

その植物のひとつに、イソマツ(沖縄県RDB:ⅠB)類がある。

海岸の開発や薬用の採集で減少が叫ばれる絶滅危惧種でありながら、その秘めたる生命力には驚かされる。


与那国フィールドノート

現代人が残した貝塚をイソマツは覆い尽くしてゆく。

チリ捨て場は、道路の入り口付近までゴミがたまると、ブルドーザーで海側へ押しのけることを繰り返していた。

だから最深部へいくほど古い「遺物」が多い。

たとえば、空き瓶を少し眺めてみよう。
与那国フィールドノート

サンコーラの空き瓶。


与那国フィールドノート

50年ほど前まで石垣島で作られていたというローカルソーダだ。


与那国フィールドノート
オリオンサイダー?知らねえな。


与那国フィールドノート

ベストソーダ。

沖縄本島浦添市で製造され、70年代までかなりポピュラーな清涼飲料水だったという。


11月23日撮影。