こんにちは🤗
↓↓ わたしの適応障害の経過 ↓↓
2022年7月に適応障害の診断を受け、
1年半の休職後、
2024年3月今の職場で働き始めました。
2024年12月まで内服治療し、2025年2月に心療内科を卒業しました😌
今考える、適応障害で辛かったこと。
希死念慮がありました。
実際に自傷行為に移すことはありませんでした。
でも、出かけたら「今来てるトラックにひかれたら」「踏切なってる時に飛び出したら」と考えること多かったです。
その度に子どもたち・夫・親・きょうだいのことが頭に浮かんで、「こう考えてしまう自分、だめだなぁ」と思っていました。
外に出られるのに、働かない罪悪感。
これ、めちゃめちゃ大きかった。
働いていないのに、子どもを保育園・学童に預けること。
働いていないのに、お金(傷病手当)をいただくこと。
働いていないから健康保険料払っていないのに、3割負担で病院に行っていること(夫の扶養に入ったので、健康保険料払ってない)
働いてないのに、子どもたちと遊びに行ってること。(保育園帰りに公園に行ったり、家族で旅行に行ったりしました)
とにかく「働いていないのに」が大きくて。
専業主婦だったら保育園・学童預けられないし、お金も入ってこない。健康保険料は払っていなくても、毎月病院に行くなんて事は、多くはない。
病気を患っているのに、静養せず遊びに行くなんて、と思うことも。
権利だけを振りかざしているようで、辛かったです。
もちろん、とてもありがたい制度なんです。なかったら、不安も強くて病気も良くなってないだろうし、家も破綻していたと思います。
矛盾してますね😅
病気だけど、身体を休ませなければいけないわけではないので、引きこもるより遊びに行けるなら行った方が気分転換や社会との繋がりを持つという点でアリだと思うのですが、当時はそう思えなかったです😥
そして病院に行くわけですが。
やろうと思えば仕事はできそう。ただ、探すまでの気力が起きない。
今日は色々できそう!と思える調子の良い日もあれば、ずっと寝ていたい…という悪い日もある。
適応障害なった時は、ずっと寝てる日もありました。
回復してくると、ただの怠慢な気もしてきて。
調子が上がったり下がったりしながら、徐々に良くなっていく。と学んではいましたが、本当にその通りで。
だから、余計に、どこまで回復したかが分からず、いつスタートを切ってよいのか分かりませんでした。
(結局、傷病手当が切れた直後のタイミングでパート復帰でした)
始めてもダメになってしまうのでは、という不安感は強く、それも辛かったです。
思い返すと、いろいろと辛いことがありました😅
その時はいっぱいいっぱいで、辛いのが普通だったように思います。
そう考えると、回復した今は幸せなんだなぁと😌
適応障害を経て、考え方は変わったように思います。
頑張るべきところ、大事にする優先順位、仕事と家庭のバランスなどが分かったように思います。
わたしにとって、適応障害は辛かったけど、病気になったからこそ、学べて成長できたのだと思います☺️
お読みいただき、ありかとうございました🙂↕️