蓮くんの唇が、 くっついた時。
体の中で、 何かが静かに落ちた。
胸の奥へ。
もっと下へ。
知らなかった場所に、 すとん、と。
奥の方が、小さく返事をしたみたいだった。
——これかぁ。
ふいに、 ミー子の声を思い出した。
ミー子は時々、
よく分からないことを言った。
その日も、
自習になった教室で、
丸い目のマスコットのキーホルダーを
指で転がしながら言った。
「目が合うでしょお」
「うん」
「いいなってなるでしょお」
「うん」
「で、近いなって思うじゃあん」
麗は、
いつも静かに聞いていた。
「そうしたら、
はじまっちゃうじゃん」
「何が?」
「えー?
恋?」
ミー子は、
当たり前みたいに笑った。
恋。
麗には、
よく分からなかった。
「そういう時、
キスしたら気持ちいい」
麗は少しだけ首を傾げた。
「すぐキスするの?」
「だって、
キュンってなっていいんだもん」
ミー子は、
なんでもないことみたいに言った。
「したいのに、
しないことある?」
本当に不思議そうだった。
麗は答えられなかった。
ミー子は笑っていた。
それから何を話したのかは、
もう覚えていない。
でも、
あの声だけは残っている。
目が合うでしょ。
いいなってなるでしょ。
そういう時、
キスしたら気持ちいい。
これかぁ。
麗は、 ぼんやりと思った。
ミー子は、
よく分からない話を、
いつも楽しそうにしていた。
隣で笑っていた、
唯一の友達。
その声が、
今になって少しだけ近くに聞こえる。
このあと、 どうすればいいのだろう。
ミー子の話をちゃんと聞いておけばよかった。
「……ねえ」
「ん?」
少し考えてから、麗は言った。
「帰る?」
蓮くんは静かに「うん」と言った。
帰ってほしくなかったのに
何と言えばいいのか分からなかった。
まださっきの感じが残っている。
もう一回、とは言えなかった。
蓮くんは扉のところで振り返った。
「また明日」
また明日。
その言葉を聞いて、 麗は少しだけ息をした。
今日じゃなくても、 明日がある。
それなら、 いいのかもしれない。
「また明日」
麗はそう言って、 頷いた。
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