タクシーのドアが閉まると、
外の夜景が一気に遠くなる。
行き先を告げた春樹が、シートに深く腰を下ろす。
美桜も隣に座って、コートの裾を整える。
二人の距離が、少しだけ近くなる。
「……ちょっと安心するね」
美桜が小さく言う。
「何が?」
「外より、ここ」
春樹は横目で見る。
「密室だから?」
「うん。なんか、急に二人だけ感」
運転手の存在はあるけれど、
不思議と会話は小声になる。
美桜はコートの袖を少し引っ張る。
「さっきさ」
「うん?」
「場違いって言ってたけど」
「言ったね」
「でも、隣にいるの、普通だった」
春樹は少しだけ笑う。
「普通って、褒めてる?」
「褒めてる」
「慣れてる感じ、出てた?」
「ううん」
即答。
「ちょっと緊張してるの、わかった」
「まじか」
「でも、それが良かった」
春樹は視線を前に戻す。
「良かったの?」
「うん。一緒に“初めて感”あったから」
少し沈黙。
車が信号で止まる。
窓に映る二人の影が、並ぶ。
美桜が、そっと小声で。
「ね」
「ん?」
「今日、ちゃんとデートだったね」
春樹は少し考えてから頷く。
「うん。ちゃんと、デートだった」
「大人なやつ」
「大人だった?」
「値段が大人」
二人で小さく笑う。
春樹は、ほんの少しだけ手を伸ばして、
美桜の指先に触れる。
握るほどじゃない。
触れるだけ。
美桜が、そっとその指を絡める。
「……タクシーってずるいね」
「なんで?」
「ちょっとだけ、特別になる」
美桜は、窓の外を見ながら言う。
派手じゃない。
ドラマみたいでもない。
でも。
「今日のほうが好き」
そう言った自分の言葉を、
もう一度思い出す。
タクシーが家の近くに着く。
「帰ったらどうする?」
春樹が聞く。
「うーん」
少し考えて、にやっと笑う。
「今日の続き、する?」
「……何の?」
「余韻の続き」
春樹が吹き出す。
「それ、ずるい言い方」
「さっきの仕返し」
タクシーが止まる。
料金を払って、外に出る。
夜風が少し冷たい。
でも、さっきより距離が近い。
流行りの店も、
高いメニューも、
タクシーも。
全部ただの装置で。
本当に持ち帰ったのは、
“ちゃんとデートだったね”という実感。
並んで歩きながら、
美桜が小さく言う。
「次は普通のとこね」
春樹は頷く。
「うん。でもタクシーは、また乗ろう」
「なんで?」
「密室だから」
美桜が笑う。
夜は、まだ少しだけ続いている。
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