2001年4月。
職員会議の中で、その時は突然やってきた。
「ダンス同好会は、2年間の活動により今年度から部活動に昇格しします。」
全職員の前で、教頭から告げられる。
何の前振りもなく、あまりに呆気なく訪れたその瞬間。
永遠に来ないかもしれないとさえ思えたものが、ついに現実となった瞬間である。
会議の後、すぐに卒業生にメールで報告。
願いも叶わず、同好会のまま卒業していった1期生たち。
やんちゃなメンバーも多かったけど、あの生徒らが耐え続けてくれたからこそ、ダンス部は認めてもらえたのである。
「1期生本当にありがとう」
悔しい思いをさせてしまった彼らも、部活動昇格を素直に喜んでくれた。
そして迎えた5月1日。
この日の部員調査にて、正式に「ダンス部」がスタート。
やってきた新1年生部員は25人☆
1学年240人の小規模な高校だから、1割以上がダンス部という計算。
この数は、すでに吹奏楽部に次ぐ大所帯となっていたww
ついに「ダンス部がはじまった」のである。
しかし、ここからが本当の困難のはじまりだった。
学校の中では、ダンス同好会がスタートした時から、快く思っていない教師も多かった。
なので、当然反対が出ることも覚悟していた。
それを、それまでの活動により反対意見をねじ伏せた形。
決して穏便に事が進んだ訳ではなかったことは強調しておきたい。
具体的にここからどんなことが起こったか少しだけ紹介するが、まず「ダンス部の部活動費1万円問題」。
正式な部活動には、校友会からの予算が付く。
校友会の財源は、生徒たち一人一人から集めた校友会費。
確か月700円程度を、6ヶ月間全生徒から徴収する。
当然、部活動に入っていない生徒は校友会費を払うだけだが、生徒会活動や部活動で必要な活動費には、この財源が振り分けられるのである。
運動部には軒並み30万円ほどの予算が配分されている。
その中で、初年度のダンス部の予算は…「1万円/年」…。
部員一人当たり250円/年である。
「どう考えてもおかしいでしょ!?」
生徒一人当たり700円×6ヶ月間で一人当たり4,200円も払ってるのに、配分される予算は年間250円…。
新手の詐欺かと思ってしまう。。。
「この予算って何をしたら上がるんですか?」
思わず質問したが、九州大会・全国大会に出場すれば報償費として年間1,000円アップする仕組みだった。
「ん?年間1,000円??」
「っていうことは10万円上げるのに100年かかるってことやないですか!?!?」
(全然、納得できん。。。)
とはいえ、部に昇格させてもらえただけでも公式大会の費用補助があるので、とりあえずここは我慢我慢…。
と思っていたが、またまた大問題が発覚する。
それは、「ダンス部には公式大会が存在しない問題」。
校内規定によると、公式戦の定義が「高体連・高文連主催の大会であること」とされている。
福岡県では、ダンスが高体連にも高文連にも所属していない。
そのため、公式戦と定義できる大会が存在しないのである。
「ではダンス部には永久に公式戦が存在しないということですね!!」
実際に管理職と何度言い争ったかわからない…。
当然、公式戦にしか校友会からの遠征費補助はないので、全国大会に出場したとしても同好会時代と何ら変わりがない。。。
こんなアホみたいな制度だったら、こっちから校友会を脱退してやる!
………なんて思うことも多々ww
ここからも、それまで以上に過酷な戦いが始まることとなるが、とりあえずこの話はここで終了。
振り返れば69話…校則が厳しい公立高校で、ダンス部を創部することが如何に難しいことであったか、少しはお分かりいただけただろうか??
何はともあれ、2001年5月1日。
こうしてダンス部は、ようやく…ようやくはじまったのである。
気が付けば、教師になってすでに5年目。
私はすでに28歳になっていた。
ご参考までに。。。
今までご愛読ありがとうございました☆