宮代町少年サッカー卒団大会 | 最強のボランティア

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口だけ指導者

日曜日は、宮代町の招待大会に参加しました。

宮代町内の4チームが、それぞれ1チームを紹介しての計8チームにて行われました。

北部は我々だけで、Alaさんの紹介で参加出来ました。

文字通りU12にとっては最後の大会です。

最近、U12〜10のカテゴリーは東部地区との交流が多くなりましたが、この地域のサッカーはやはり北部とは違います。

サッカーそのものと言うよりも、環境が大きく違うと感じます。

絶叫するベンチや保護者、タテタテのスタイル等はありません。


試合の方に移りますが、朝から選手達はこの仲間とプレーする最後の試合との意識が強かったようです。

更には、最後の時にタケルコーチが帯同した事も嬉しいかったようです。

当然、全試合でタケルコーチが指揮をとりました。

私はバスの運転手に毛が生えた程度の役割ですが、それでもこの2ヶ月、私がTR担当した事もありファミリーとして受入れてくれた実感はあります。

予選一試合目のAla戦に先取点を上げ、2-1で勝った事が勢いを付けたと思います。

ニ試合目の栄町戦はその勢いで大量ゴールで6-0での勝ちでしたが、後にこの6ゴールが大きな意味を持ちました。

三試合の宮代東戦は開始4分で2-2。

取られて取って、取られて取っての展開。

少し落ち着いてからはやや我々ペースになり、後半3点目を奪い勝ったと思っていたラストプーレのコーナで同点。

本当にドラマチックな展開でした。

1位通過を目指していた選手はみなガックリ。

タケルと私は事前に得失点差を知って居ましたが、選手には知らせずサプライズ演出しました。

決勝戦はスプリズでした。

少し風が強くなり、風下の前半に0-3で折返します。

やはり相手は強く上手いなと思っていましたが、選手は勝つ事を諦めていませんでした。

タケルコーチの4点取返しに行くぞとの声に、皆が顔を上げて返事していました。

選取達が諦めず闘うと言っているのですから、何も言わずに居ると決めていた私にもスイッチが入ります。

失点する原因と対策を授けてサポートしました。

その原因とは、夢中になる余り前々に急ぎすぎて、結果相手の思うツボ。

少しボールを持って自ら切り込む方が楽になる、そうアドバイスしました。

さすがに4点は厳しいだろうと思っていましたが、1点返してから10分頃に2点目を奪いました。

こうなると押せ押せになり、同点に追いついてからPKを得ての逆転。

残り5分でダメ押しの5点目を奪い5-3での逆転勝ち。

正に劇的な勝ちでしたが、このチームの成長を感じる事が出来た試合でした。

最後の瞬間は、6年生全員がピッチに立ち勝利の雄叫びを上げました。

後半はベンチも本当に難しい判断でしたが、これで良かったと思ってます。

改めて優勝する事の大切さを学びました。

特に印象的だったのは、後半から交代しラスト5分で最出場したレンとキョウスケです。

私は彼等に対して、残り時間死物狂いでボールを追いかけろ、そう指示しました。

そして彼等は本当に本気で走りました。

私がこのチームに関わるようになった頃は、こんな光景は有りませんでした。

優秀選手となったユウロもそうです。

彼等か必死になる、それが今回の原動力だったのです。

この2ヶ月、最もリフティングに意識を向けたのも彼等でした。

彼等は来年、私の所に上がっては来ません。

だからこそ、彼等にはリフティングに取組む事で自らが本気で取組む事を伝えたかったのです。

短い時間でしたが、私的にはとても充実感があります。

5種チームに進むレム。

やはり、タケルの激が最も効きますね。

私が彼女に伝えたのは、ボールを持って自ら前に出るプレーです。

相手を交わしても後に逃げる選手は、たとえ上手くても怖くない。

上を目指すならば前に出る事が必要だ、そんな事を話したと思います。

この日飛んだルーレット、抜群でした。

そのほかの選手は、今後ジュニアユースで触れる事にします。


私が知る限り、この年度の選手達は決して恵まれた環境とは言えなかったと思います。

8人ピッタリの少数でしたが、6年になってから急成長して県大会出場にも出場しました。

そして最後に優勝して終われました。

最後の方に変なオッサンが来てたな、その位に覚えていてくれたなら幸いです。


PS.  レム、久喜から見えたのはやはり富士山だぞ。

  素晴らしく綺麗だったよな。