大河ドラマの影響もあって家康ブームの折、豊臣家存続の裏付けを追い求めながらブログを書き続けているなんて、何とも空気が読めないブロガーだとお思いでしょうが、このようなタイミングだからこそ豊臣家も記憶に留めておいて頂きたいと思い書き続けています。引き続きお付き合い頂ければと思います。

さて、次に挙げる支援者はなるほどと皆さんに何の疑いもなく首を縦に振って頂ける人物だと思っています。

古文書内の家房、家明。初代二代目の両名に使われているこの「家」はよほど大きな恩義を感じた重要人物に違いないと思われます。この「家」の名がつく人物を誰かと想像した時、瞬時に頭にひらめいたのが島津家です。秀頼を薩摩で匿い生活を手厚く支援したその時の藩主ではないかと考えました。秀頼が薩摩に入ったであろう時代の薩摩藩主が島津家久である事に気付いた時、多少の興奮を覚えましたがこれまでの命名書内の人物と同じく秀頼の家臣でもある事から間違いないと考えます。

家康との関係悪化の可能性をも顧みず薩摩に迎え入れた薩摩藩主島津家久(忠恒ともいう)に対する恩義はかなり大きなものだったに違いありません。薩摩という地に住み続けることになる子孫のことを島津家に託すという意味でも最も大切な支援者であった筈です。その証拠に木場家の代々当主には本名とは別にセカンドネームがあります。現在の当主も家継という名を持っているということです。このようなセカンドネームを持つ家系は非常に珍しいと思われますが、これは島津家に対する敬意と感謝の気持ちを表わすものなのでしょう。