僕らには今のところどうしても逆らえないものがあります。
「時間の流れ」です。
残念だけど、今日眠りについて明日になると、もう前日に戻る事はできません。こうして僕が文字を打つ度にも、やはり時間は確実に流れています。
もう二度と来ない時間。そんな風に考えると、一つ一つの決断も後悔しないようにと思える事でしょう。
ただ、これをいつも考えていることは難しいです。というか僕は常に考えている自信は今のところありません。
でも僕が注意してできているタイミングがあります。
それは2点。自分か感情的になりそうな時と、失敗した時です。
これは高校生の時くらいから意識しています。高校生の時から今まで恐らく意図せずに感情的に人に当たったことはありません。これは大げさかな…記憶の中にはありません。くらいにしておきます。
何故か、感情的に怒って後悔しないことはほとんどないからです。
失敗した時にも同じ様に考えます。この失敗をどう処理しても同じ時間が流れる。だったら失敗から更なる失敗を生むことだけは止めようと思います。
人が感情的になる時、失敗から失敗を生む時。多くの場合ある選択をしています。
それはその時の自分を守るということです。未来とか過去とか関係なくただその時の自分を守ろうとするのです。
自分が怒られるのを防ぐためとか、失敗がバレるのが怖いからとか…
そんな時、僕はある質問を自分に投げかけます。自分が努力しないで、逃げて守られるものって一体なんなんだ?って…
今自分の殻に閉じこもって、意地をはって守られるものって何なんだろうって。
そして一緒に考えます、自分が今努力することで得られるものって何なんだろう?しなくて失うものって何なんだろうって…
そんな事を考えられていると、感情的になったり、意地をはって守られるものなんて、失うものに比べたら本当に大したものじゃないってわかります。
今自分が謝って仲直りして、その日楽しく過ごす時間。喧嘩したまま1日を過ごす時間。楽しい1日を得るために謝る事ってそんなに難しく大変な努力ですか?どちらを選択しても、もうその1日には過ぎたら戻れない。だから僕は社員や、生徒に注意した時に、直ぐに修正しろと言います。
怒られてもその日のうちに必ず前を向ける状態にしようと…失敗したって修正すれば良いだけです。でもそれを怠ってだらだらしていたら怒ります。なぜ?それで生まれるものなんて何もないし、直ぐに修正した人生を失っているだけだからです。
もう時間は取り戻せない。時にそんな風に時間と向き合ってみる時があっても良いと思います