息子の進学を機に、ちょっと振り返ったこと | atsukohiguchiのブログ

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明日から16歳の息子が、シックスフォームカレッジに進学する。イギリスと日本の学年のくくりはちょっと違っていて、このカレッジでの2年間が、日本の高校の2年・3年生に相当する。昨日彼は初めての、友人3人との、ニース旅行を終えて帰ってきた。3泊4日という小旅行だったけれど、とても楽しかったみたい。飛行機が遅れたりというちょっとしたハプニングもある中(でもお陰で旅行代が戻ってきそう!)、無事に帰ってきてくれたことに感謝。

振り返れば、幼い頃はとてもシャイで、まずはじーっと観察してから(また長いんだ、この観察が😅)ようやく腰を上げるような子だったけれど、今は、「僕の好きなブランドのポップアップ店舗が○○で出るから、行ってくる!」と電車を乗り継いで2時間ぐらい離れた街に1人で行ったり、ついには自分達で初海外旅行をやっちゃったりと、すっかり冒険好きになってしまった。でも私としては、ドンドン自分の枠が広がっていく息子の姿を見るのは嬉しいし、自分もインスパイアされる。


自分が厳しく、コントロールされ気味で育てられたから、子供たちが小さい時は、気づけば自分もそのように接していた。でもある日、「私はこんな子育てをしたくて地球に生まれたんじゃない。彼らと笑って楽しい時間を過ごすためにお互い生まれたんだ」と思い、そこから自分も楽になったと思う。今では度を超え過ぎて、子供たちから学校行事のことや、必要なものなどの指示を、私が与えられる感じです😅


ただ、あえて、こんなポンコツ親としてでも気をつけてきたことは、自分がされて嫌なことを、子供たちにやってこなかったってことかな、と思う。「早くしなさい」「お兄ちゃんなんだから」「妹なんだから」を、言わない、とか。これだけは本気でやらなかった。「勉強しなさい」も殆ど言っていない。言われても自分がちーっとも勉強しなかったことを、よくよく覚えてたから😅。あとは、話を聞くときに、ちゃんと向かい合って聞く、とか(料理しながら、とかではなく)。めっちゃ小ちゃいことなんだけど。あとは、家族だからといって、言いたい放題言わないことだった。これには賛否両論あるかとも思われるけど、私は家庭を、1番小さな社会単位とみなしているので、やっぱり子供も、私にとっては「(他)人」なのです。「親しき中にも礼儀あり」をなるべく貫き通してきた。これはある意味、淋しいことかもしれない。でもどうしても、他人にできる心遣いを子供にしない、ということに違和感を感じるので、仕方がない。

あとは、子供が、「これやりたい!」ということに、「ノー」と言わなかったこと。そして失敗したとしても、「良かったやん、これで学べたやん、チャンチャン!」で、スルーしてきたこと。


と、こんな感じです。

これは、ただ、子供たちにいい子に育ってほしいと思ってやってきたのではなく、これが自分が人生全般に対して信じていること、生き方・在り方だから変えようがなかったこと、こう在ることで自分が楽だったから、ということになると思う。


息子のカレッジでの初日を控えて感慨深くなってしまい、自分の子育てを振り返ってしまいました。


せっかく自分のお腹を通して、自分を選んで生まれてきてくれて出会えた魂同士だから。地球で楽しく過ごしましょ💕


ご拝読、ありがとうございます。