昨日のブログで ちょっとだけふれた
両親のことを 書いてみようと思います^^
私が中学2年の時
「もう あんたもわかる年になったから はっきり言っておく」
と、母親から。
「お父さんもお母さんも、それぞれ別に 好きなひとがいるの」
「お父さんの彼女は年上の人みたい。それ以上は知らない」
「お母さんの彼氏は12歳年下の 会社の人」
「けど、離婚する気はない。今が楽しいし、これからあんたに高校入学とかでお金かかるし」
うすうすは感じてたけど 「ふ~ん」って感じだった。
不思議とショックとかなかったです。
もともと 「母親」というより 「女」だったからね。
「好きにすればいい」
ってか「どうでもいい」
そんな感じだった。
その話を聞いたときはだけどね・・・・・
母親からの告白後
私に話したことで母親も都合がよくなったのかわからないけど
いろいろ彼氏のことを話してくるようになった。
「この前行ったラブホさ かわいかったよ~♪」とか。
今考えると、中学の娘に ありえん発言だわ(笑)
たま~に土日に父親がいるときは
彼氏の家に泊まりに行く口実を
私に頼むようにもなった。
「適当にいっておいて」
それがイヤだったなぁ~・・・
「自分で言えばいいじゃん。私はイヤだから」
その一言が言えなかった。
私が中学3年になった時
母親から
「もしかしたら 彼氏との赤ちゃん 出来たかもしれない」
さすがにこれは私もびっくりして
「どうするの?」
「彼氏との赤ちゃんだから産んであげたい。そうなると離婚だよね~」
「ああ~でも、あんたは引き取らないから。お父さんのところに行って」
「あんたさえいなければ、離婚するのも簡単なんだろうけどね」
「あんたさえいなければ」
母親からのこの言葉は すごい ショックだった・・。
私って生まれてこなきゃよかったの?
いらない子なの?
いまだにその言葉を言われたときの記憶は鮮明に覚えてる。
今考えるとね
この時の 「あんたさえいなければ」の言葉に
あんだけのショックを受けたのは きっと
彼氏のことを楽しそうに話してくる母親
彼氏のところに泊まりに行くときの口実を私に頼んできたりとか
その時の私は
母親とこうやって話がしたかったんだろうと思う。
小学校の頃は、まともに話したことなかったから。
頼まれること どっかで 「私を必要としてくれてる」
嬉しかったんだと思う。子供心なりに。
だから彼氏ん家にお泊りの口実も、いろいろ私なりに考えて父親に嘘をついて
正直 嘘をつくのは すごいイヤだったけど
母親にはっきり「イヤだから」と言えなかったんだろうね
かまって欲しかったんだと思う。母親に。
結局、彼氏との赤ちゃんは出来てなかったんだけどね
そのことがあってから 生きてることさえ なんかもう どうでもよくなっちゃって
開き直ったというか、割り切ったというか
「こんな親 どうでもいいわ」になっちゃって
でもその当時 中学3年で 高校受験の時期だったから
高校行くお金は 自分ではどうにもならないし
とにかく受験勉強 必死にやって 高校へ。
高校時代は
それはそれは もう
人様にいえないような乱れ切った高校生活を送っておりました(;・∀・)
この年になって 改めて よくやってたな・・・と思います(笑)
もちろん 子供たちにも 話してません( ̄ー ̄;
言えません(笑)
でも遊ぶお金は ちゃんとバイトして稼いでましたよ(`・ω・´)
結局 両親は
世間でよくある「定年離婚」しました。
父親は女のところへ行ったみたい。よく知らないけど。
母親は離婚後 違う彼氏もいたみたいだけど
今は一人で気楽に暮らしてる。
あの当時の母親と 今 私も同じぐらいの年齢になって
自分の子供もいて、結局私も 離婚して9年目だけど
あっ!私の浮気じゃないですよ!!元ダンの浮気です!
まぁ・・離婚の原因はそれだけじゃないですけど・・・
あの時の 母親の 男に行った気持ちは
わからなくもないです。
が、子供にいっちゃダメな言葉だよ・・。
正直ね 自分に子供が出来て
私自身が母親の愛情??って言うのかな
そういうのがよくわからなくて
自分の子供にちゃんと「母親」できるんだろうか・・・・。
と、不安に思うことは 今でもあるの。
子供たち 今 中学3年(高校合格しました
)と小学校5年の娘なんだけど
女3人の生活で、もう中3娘が「母親」みたいな しっかりした子で・・。
自分が子供の頃 母親にしてもらいたかったことを
子供たちにしてる。
こんなんでいいんだろうか・・・と思ったりもします・・。
と、まぁ
こんな両親のもとで
子供時代をすごしました!(`・ω・´)