前回はこちらから→幕間・これからの事 前編【1/2】

 

 次の日。
「――よく寝た」
 俺はぼんやりと目を覚まし、ぼりぼりと胸をかく。
「ヒメは――帰ったか」
 のっそりと誰もいないリビングのソファから立ち上がり、廊下を通って洗面所に向かう。
 顔を洗ってシャコシャコと歯を磨きながらぼーっと鏡を眺める。
「『青龍』」
 姉貴に声をかけられる。鏡越しに後ろの姉貴を見た。
 もうメイクも終わって完璧に出かけ支度が済んでいる。ぺッと口をゆすぎ、鏡越しに。
「ごめんな、昨日ほとんど話もせずに寝ちゃって」
 姉貴は多忙だ。忙し過ぎて家に帰る暇もあまりない。
 だけど週に1回は必ず俺の様子を見るために帰ってくる。だから多少申し訳ないと思っていた。
「別にそれはいいわよ。で、もうケガはいいの? ヒメちゃんからその札の効果は聞いてるけども」
 やっぱバレてたか。
「もう痛みも違和感もないよ」
「そう」
 姉貴はじっと俺を睨み。
「アンタってロリコンだったっけ?」
「おう、喧嘩か? 言い値で買うぞ?」
 急に謂れのない誹謗中傷を食らった。
「いや、わざわざ妹を作るほど拗らせてたのかなぁって」
「話聞いてたろ。形としてそれが一番丸かったってだけの話だよ」
 人聞きが悪すぎる評価はマジ勘弁。
「――で、アンタは納得してるの?」
 姉貴が何のことを言っているのかは知らない。
 いや、正確には心当たりが多すぎて、どれの事だかわからない。
 だが、
「どれの事かは知らないけど、俺が納得しない事にはやる気出さんのは知ってるだろ?」
 どれにしたって、腹は決めている。
 なににしたって、やるべきは決めている。
 どうなるにしたって、覚悟は決まっている。
「――ん、ならよし」
 姉貴はそういって踵を返し、
「まあしっかりやんなさい」
 そういってさっさと家を出て行った。

 


 さて、今日は休みだし、もう少し寝るか。
 俺は自分の部屋に戻ってベットに横になるために、部屋に向かう。
 ガチャリとドアを開けて、
「え?」
 部屋の中に着替え中のヒメがいた。
「悪い、間が悪かった」
 すぐにドアを閉めた。
 なんか閉める直前、ヒメが顔を真っ赤にして悲鳴をあげそうな顔をしていた気がしたが、多分気のせいだろう、うん。
 さて、朝飯を作ろう。別に他意はないが、一刻も早くこの場から立ち去らなければ。
 後ろから悲鳴のような声が聞こえてきている気がするが、きっと気のせいだろう、うん。

 

 

 

 

 二十分後。
「…………」
 ヒメは、黙々と俺の前に座って朝食を口に運んでいる。
「…………」
 俺も、何も言わずに朝食を口に運んでいる。
 目玉焼きにウインナー付け合わせのキャベツ、それにご飯と味噌汁という簡易的なラインナップだ。
「ヒメ、お代わりいるか?」
「……いただきます」
 そっと、ヒメは茶碗を差し出し、俺は二膳目をよそって渡した。
「……兄さん」
 差し出された茶碗を受け取りながら、ヒメは俺をじろりと見た。
「なんだ? 腹を切るくらいなら甘んじて受けるぞ?」
「そこまで求めてはいません」
 不満気にご飯にパクつくヒメ。
「まあ、悪かった。てっきりもう帰っているもんかと思ってたんだよ」
「お姉さんから、「泊っていって」と……」
「ウチの姉貴がスマン」
 どうせ姉貴の事だ、強引にヒメを泊まらせたんだろう。
「いえ、まあ……私としても好都合だったので」
「あん?」
 ヒメはそういって、こほんと咳払いして。
「私、生活拠点をこちらに移そうと思っています」
 サラっとなんか言ってんな?
「――それ姉貴は?」
「了承済みです」
「そっか、ならいいわ」
 姉貴が認めたなら構わない。この家の管理権は今姉貴にあるからな。
「理由は聞かないんですね?」
「大体察しが付く」
 俺の監視と護衛だろう。
 今、俺の立場は非常に危うい。蒼焔に存在を知られたら即確保に移られるレベルだ。
 現在は蒼焔側の動きはないが、いつまでも秘匿できるわけもない。
 が、ヒメが俺の傍にいるならば別だ。
 ヒメは焔のトップ。そのトップが直々に監視するという事ならば、誰も表立って文句は言えない。
 それでも俺をどうこうしようとすると、ヒメの顔を潰すことになる。
 蒼焔も、あくまで焔の一部。いくら反目してようと表向きな大義名分が無ければ動くことは出来ないだろう。
「で、具体的には今後どうするんだ?」
「後で本家から私の私物を送ってもらう予定です。部屋は今物置として使っている部屋があると聞いています」
 ああ、元は兄貴の部屋だった場所か。
「わかった。この後掃除する」
 それだけ言って、俺は目玉焼きに箸を入れる。
「兄さん」
「なんだ?」
「私は半熟が好きです」
 完璧に火が通った黄身を口に放り込んで、咀嚼して飲み込んだ後に、
「わかった、次からはそうする」
 そう笑って返す。
 そこでようやく、空気が弛緩した気がした。

 

 

 


「ふう……」
 兄貴の部屋にあったガラクタを片付けて綺麗にした後、荷物を持ってきた焔の人とヒメが部屋で荷ほどきをするために追い出された。
 リビングのソファでテレビを見ながら、ぼーっと過ごす。
「…………」
 昨日から、色々あった。
 死にかけたり、社会的に死にかけたり、死にかけたり。
 ……ようやっと一人になって、考える時間が出来た。
(――蒼焔、四神、鬼)
 頭に浮かぶ情報を咀嚼する。
 どれもこれも、未だ現実感が無い話ではある。
 けれどもそれを否定するには、少々重々しい証拠が、目の前にある。
(魔剣、ダークイーターか……)
 命から渡されて、手元から離さずにおいている魔剣が、その重みを主張してくる。
 この剣の能力、それは【呪物の取り込み】。
 魔剣、聖剣、呪物。それら曰くつきの物品を取り込むことで、その能力を吸収し自在に使えるようになるという代物。
 あの時変化させた爆斬刀以外にも、色々とありそうだ。
 氣を注ぎ込んだ時に、それら呪物の使い方が、一気に頭の中を駆け巡った。おそらく持ち主が狂う理由は「強制的に知識をインストールされたから」なのでないか?
 もっと言えば、それを受け止められる者こそが、青龍という存在なのかもしれない。
(――つまり)
 正常に見えてる自分は、実はとっくの昔におかしいのではないか?
 だとしたら俺は……
「兄さん」
 声をかけられてハッとする。
「おう? どうしたヒメ?」
 見るとヒメは、少し不安そうに俺を見ていた。

 

 

 


 これは後からヒメから聞いた話だ。
「では、我々はこれで失礼いたします」
「ありがとう、お疲れ様でした」
 部屋を整えて、本家の連中を帰したヒメは、一息つく。
(さて、取り合えずこの後は――)
 脳内で本日の予定を組み立てていく。
 この後、昨日できなかった詳細な話を俺と話して知識の共有。
 後は今後の動きの詳細を詰めていく。焔の当主として今出来る事はそれくらいだろう。
 玄関から廊下を通って、リビングに居た俺を見つける。
「あ、にい――」
 声をかけようとして、止まった。
「…………」
 俺は、ダークイーターを握りしめ、黙って見つめていた。
 ――その瞬間、ヒメは致命的な見落としをしていたことに気が付いた。
(……そうだった)
 自分は焔の巫女で本家の当主だ。そういう教育と訓練を受けてきたし、自らもそうあろうとしてきた。
 そして、そんな自分たちと同じ視点で物事を見て、考え、合わせて動いてくれる俺を見て、自分は勘違いをしていた。
 どんなに頭が良くても、どんなに強い力を与えられていても、どんなに飄々として見えていても。

 ――『青龍』という人間は、どこにでもいる、ありふれたただの一般人でしかない。

『昔っからそうなのよ。捻くれてて、強がりで、いいかげんな風に見せて、他人に心配かけまいと自分の痛みは隠すの』
 昨日の俺の姉との会話が思い起こされる。
 今までの言葉がウソであったわけではないだろう。
 だが、理想的な存在であったという事実が、今までの息を抜けないヒメの境遇――焔の当主という事を考えてみても、【浮かれていた】と言ってもいいだろう。
 彼は安心して協力できる、裏の無い理想的な存在。
 ――違う。
 彼は普通に悩み、苦しみ、それでも足を止めることを良しと【出来なかった】だけだ。
 今までは、それで悩むことを状況が許さなかった。
 それでも、彼はこういったのだ。
『可愛い妹の頼みじゃ、断れないさ』
『ん、じゃあ俺は最後まで付き合ってやるよ。妹を放ってはおけないしな』
 簡単に言ったが、これの意味を彼は軽く言ってはいなかった。
 焔の巫女としてでも、焔の当主としてのヒメではなく、妹のヒメを最後まで助ける。
 ――そこにどれほどの決意があったのか、自分には想像がつかない。
「――兄さん」
 ヒメは音もなく部屋に入り、青龍に声をかけた。
「――おう? どうしたヒメ?」
 声をかけられたことに気が付いた俺は、一瞬驚いた様子を見せながらすぐにいつもの調子に戻った。
 先ほどまでの思い悩んだ様子は微塵もない。
 ――その姿を見て、ヒメは俺の横に無言で座った。
「……? なんだ? ヒメ」
「いえ、兄さんとおしゃべりしようと思いまして」
 首を傾げながら、ヒメの態度に疑問を持った青龍に対し。
「兄さん、貴方の話を聞かせてください」
 ――それまでに考えていた予定は全て無かったことにした。
「考えてみれば、私はまだ兄さんが何が好きだとか、普段何して過ごしているのとか、聞いていなかったなと思いまして」
 そういってヒメはふわりとほほ笑んだ。
「……え? 何の尋問?」
「――兄さんの私に対するイメージがよくわかりました。反省します」
 こめかみに人差し指を当てて、頭を抱えるヒメを見て、あ、なんか失礼な事言ったかもしれんと俺は思った。
「そうではなく、ただ単純に兄さんの事を聞きたいだけです。私、兄さんの事を何も知らないので」
 妙な事を言っていると俺は思っただろう。
 ヒメは俺の事をすでに調べているはずだから。
「例えば、私は半熟卵が好きです」
「おう」
「おしゃれも人並みに嗜みますし、読書して過ごすことも好きです」
「おう?」
「兄さんは?」
 俺を見上げて訪ねてくる。
 ヒメの意図はわかった。
 要は「資料ではない、個人の趣味嗜好の話をしたい」という事だろう。
「そうだな、俺は――」
 そこから俺達は、色々話した。
 好きな本、好きなテレビ番組、好きな映画。
 そこからなぜ好きになったのか、というきっかけの話もした。
 その流れから、互いの好きな映画を借りて来てみようという話になり――
 俺はホラー映画と特撮映画数本。
 ヒメは時代劇とミュージカル映画数本。
 交代交代で話しながらなんてことはない、凡庸な休日を過ごした。
 ――それはヒメが俺に対しての気遣い。
 離れてはいけない日常に俺を置いて、休ませるための休日だった。

 

 

 

 

「――――」
 コテン、と。ヒメが俺にもたれかかってきた。
 無理もない、慣れない環境に映画を何本も続けて見ていたのだ。疲れも出るだろう。
「ヒメ、寝るなら部屋で」
「ん、うん……」
 そう返事しながらも、ヒメは俺の膝に頭を置いてきた。
「おい、ヒメ」
 俺はヒメの肩に手を伸ばして。
「――兄さん」
 ヒメは肩に置いた手を握ってきた。
「……私は、兄さんの味方なので」
「…………」
 そういって、目をつむった。
「……いや、うん、まあいいか」
 俺は握られた手を離すこともできずに、そのままにすることにして――
「『青龍』――、私の着替えセットってさぁ」
 ガチャリと、珍しく連日家に帰ってきた姉さんが入ってきた。
「「…………」」
 無言で見つめ合う事、数秒。
「……もしもしポリスメンする?」
「違うから。いやマジでやめろください」
 今度は本当に捕まったら出られそうにないから。


――― 幕間終わり ―――