前回の話はこちら→【青龍】キャンプ研修 1日目【第8話 0.8/1】

 

 これは、俺の知らない話だ。
 各々が自分のテントへ戻ろうとして、青龍が一足先に自分のテントへ戻った後――
「――たまきさん」
 甘音がたまきに声をかけた。
「えっと……改めてなんですけど」
 ほぼ青龍による――本人には全く自覚のない脅迫のような分析によってたまきは協力を受け入れてくれたわけなのだが、甘音は伝えきれていなかった話の半分を伝えようと思った。
「協力の件なんですが、救出後の玉兎さんは一旦解放軍で保護しようと思っています」
「わかったでござる」
 いまさら、たまきもそこに否はなかった。
 甘音の保護がない場合の未来に関しては、青龍の言葉で嫌というほど理解させられたからだ。
 甘音はほっと胸を撫で下ろす。ここまでの過程にやや……「やや」問題はあったが、円満に進んで何よりであると。
「それで、たまきさんにはこれを渡しておきます」
 甘音はそうたまきに腕章を渡す。
「これは?」
「解放軍の客人に渡す通行証だと思ってください。同じものを先輩とヒメさんにも渡してあります」
 たまきは一瞬微妙な表情を浮かべた。
 当主と青龍、どっちも解放軍側にとって重要な人物であるのはわかる。
 翻って自分にその二人と同じ価値があるのだろうか? そう思っていると、
「とはいえ、コレもいずれ無用の長物になるでしょうけども」
 そう言った甘音は頬に手を当ててため息をついた。
「何故でござるか?」
「私が目指している人との共存は、そんなものがなくても人と鬼人が当たり前に肩を並べられる世界ですから」
「――――」
 その意図を、たまきは理解した。
 要は鬼人が畏怖の目で見られたり、玉兎のような子の保護が必要ではなくなる世界。
 鬼人が人を憎しみの目で見ることのない、人が鬼人を恐れることのない、本当の意味での共存。
 甘音の言葉には、それを願う意思があった。
「――では、コレが要らなくなるように拙者も協力するでござる」
 それを目指すには、まず自分と玉兎。
 ――人と鬼人の間で翻弄された者が、率先してそれを手伝うほうが早い。
(と、青龍殿は思うんでござろうなぁ)
 わかってても多分言わないだろうと、たまきもだんだんわかってきた。
 甘音は、たまきの言葉に一瞬虚を突かれたような表情を浮かべ、
「はい、よろしくお願いします」
 と、手を差し伸べながらほほ笑んだ。
 たまきも笑いながら、しっかりとその手を握り返した。

 


 さて――
 俺は自分のテントに入った。
 だいたい一般的な高校生の野郎三人が雑魚寝して丁度くらいの広さだ。
 中にいるのは木田と白橋、
「おかえりなさい、兄さん」
 ――のはずだったのだが、何故か我が妹が一人、正座で待ち構えていた。
「なんで?」
「あのですね、兄さん」
 率直な俺の疑問に、ヒメはため息をついて呆れていた。
「甘音さんを連れてたまきさんに会いに行くなんて、明らかに玉兎さんの件でしょう。それで私が無視できると思いますか」
 まあそれはそうだろうけども。
「じゃあついてくればよかったじゃねえか」
「一応、私当主。たまきさん、一応所属上、私の下。OK?」
 ああ、確かに。そりゃヒメの気遣いが正しい。
 言ってみりゃ直属の上司に圧かけられるようなもんか。たまきだって割と気にする性格だし、そりゃいない方がいい。
「で、兄さん」
 と、ヒメは笑顔で俺に向き直る。いや、最初から向き合ってはいたけども。
「なにか私に言うべきことは無いですか?」
 ……ん〜〜〜?
「――たまきがとりあえず甘音と、多分ヒメの提案受け入れそうだぞ。よかったな?」
「――はぁ……」
 精一杯考えて捻り出した答えに、ヒメが「ダメだこいつ」というわざとらしいため息をついた。
「いまさら、兄さんに常識とかそういうのを期待はしていませんが」
 あれ? なんか酷いこと言われてないか?
「兄さん、正直に答えてくださいね?」
 ヒメはそう前置きして、

「たまきさんが私達の協力を拒否し続けたら、たまきさんと今日行方をくらませる予定でしたね?」

 と、ズバリ言い当てられた。
「――なんで?」
「『なんで』だけで意味を誤魔化せると思ってませんか?」
 ハッハッハ、バレテーラ。
 まあ確かに、ヒメと甘音に介入される前に動くには今日しかない。その後はかなであたりを巻き込んで蒼焔の本拠地を探る予定だったが。
「――兄さん」
 ニッコリと、非常に可愛らしい笑顔で俺の目を見つめるヒメ。あ、ヤバい。目が笑ってない。怖い。

 


「私がそんな浅はかな考え、想定しないと思ってましたか?」
 パチンと、ヒメが指を鳴らした。

 バゴンッ、と俺の頭上に衝撃が走った。

「――ん」
 いつの間にか、俺の背後に全がドヤ顔をしていた。
 その手にはいつもの錫杖が握られており、その先端が俺の頭に突き立てられていた。比喩ではなく「突き」立てられた。

 


「――いつからいたし」
「最初からですよ? 兄さんがご飯を持っていったときから」
「ん、隠形は得意」
 あらまあ、全然気が付かなかった。
 ――ん? てことは、
「全部聞いてたと?」
 俺の言葉に、
「よかったですね、全に半殺しにされなくて」
 実に綺麗な笑顔でヒメは答えた。

 


 後に、ヒメに聞いた話だ。
「別に、兄さんが止まらないことをとやかく言うつもりはありません」
 というか、言ったところで無駄だろう。
 青龍は人の機微自体は察するが、その機微に頓着して行動を取り繕ったりはしない。いっそ人の心が無い方がまだ納得できるだけに、質が悪い。
 理解した上でそれを無視したり踏み越えたりブレーキなく尊重したりする。だから困る。
 思えば、理由はどうあれ、自分を妹にしたことで、兄さんは「基準となる重し」を「一番基準を理解していそうな者」に預けた形になったのだろう。だからといって自分へのあたりが演技というわけでもないのが質が悪いと、ヒメは冷静に思考する。
「ですが、兄さん。あまり軽々に自分の命を捨てないでください」
「ん~……一応捨ててるつもりは無いんだが」
 青龍はヒメの恨みがましい目線を受けても、いけしゃあしゃあと――いや、おそらくホントにそう思っているのだろう。
 青龍は本当に命を捨てるつもりはない。ただ「そうなる」という事実に興味がない。
 やりたいことをやって好きに生きて死ぬ、そりゃあ言葉だけ聞けば満足でしょうよ、本人的には。
「兄さん」
 ヒメはぎゅっと、青龍の服のすそを掴んで、
「私は嫌です」
 そう怒った顔で、目を潤ませながらそう言った。
 いや、潤ませているのではない、自然にそうなっている。
「私は、【四神・青龍】の妹ではありません。兄さんの――『青龍』の妹なんです」
 そりゃあ好きに生きられて青龍は満足だろう。
 だが、それに振り回される周囲はたまったものではない。
「私だけじゃありません。全も、お姉さんも、他の皆も、「兄さん」と一緒にいてほしいんです」
 青龍に政治的な意味と、戦力的な意味がないとは言わない。
 だが、少なくともそれを理由に割り切れないほど、青龍と関わりすぎた。
 当主としては失格だが、それでも、
「お願いですから……いなくならないで……」
 もはや切り捨てられるほど、青龍を他人とは思えない。
「――あ~……」
 うつむいて肩を震わせて涙を流す妹を前に、青龍は非常に困る。
「兄さま、姉さまを泣かせた」
「あ~、その」
 そして、その後ろから、
「――私も、兄さまがいなくなると悲しい」
 ぎゅっと、背後から首元に腕を回して全も抱きついてくる。
「……あ~」
 青龍は、困惑して、
「――わかった。俺が悪かった」
 珍しく、自分の非を認めた。
「昔、姉貴に言われたんだよ。「お前は自分を粗末にし過ぎる」って」
 おそらく、青龍には自分の何が悪いかはわかっていない。
 だが、自分の軽率な行いが妹たちを悲しませているのだけはわかる。
「なんつーか、俺は昔から「なにがおかしいのかわからねえ」んだよ。自分のことも、他人のことも、なにかが「おかしい」って思っても、それがなんなのか分からねえ」
 というかそもそもおかしいと認識できていないのだろう、とヒメは思う。でなければ、たまきの意思をあそこまで過剰に支持はしないはずだ。
「で、まあ……なんだ……」
 青龍はすごく言いにくそうに、
「……いやこれはいいy」「言ってください」
 飲み込もうとした言葉を、ヒメに要求された。
「……ずっと、疑ってるんだ」
 観念したように、青龍は、

「俺の選択は――本当に【俺自身の選択】なのか?って」

 ずっと飲み込んでいた本音を、吐露した。

 


 ヒメの話を聞いて、
 俺が青龍だと言われて、
 それが本当のことだと確信を得て、
 ヒメに家族云々の提案をする直前、

 ――俺が最初に疑問を持ったのは【最適化】のことだった。

 地球意思のバックアップがどの程度のもので、どういう物であるのか、詳細はわからない。
 怖くてヒメに確認することもできなかった、というのも本音として、ある。
 だから、疑いながらも確かめられなかったし、確かめたくもなかった。

 ――俺の考えに【地球意思の思惑】はどの程度混ざっているのか?

 最適化と言えば聞こえはいい。
 だがそれは言い方を変えれば、【洗脳】だ。
 ――ただでさえ、自分の考えに自信が持てないというのに。

 だから俺はこう思ったんだ。

 ――俺以外の人間の意思が混ざれば、地球意思の影響は薄いんじゃないか?、と。

 


「――もちろん、今まで皆を助けたいと思ったのはウソじゃない。けど、結局は【俺の都合】で【俺の勝手】だったんだよ」
 俺は涙を拭うヒメと、黙って背中にへばりついた全に、情けない本音を吐露した。
 結局のとこ、俺は自分の都合だけで動くエゴイスト。それがたまたま他人の都合のいい方向に動いただけのクソ野郎。
 だから、誰かに惜しんでもらえるほど上等な人間ではない。
 ――そんなカスのような人間なぞ、優先する理由はない。
 けど、それがヒメたちを誤解させて傷付けてしまった。
 最初から、ちゃんと話しておくべきで、距離を取ってもらうべきだった。

「――全」「承知」

 グギッ!! と、俺の首から不吉な音が聞こえた。
 てか苦しい!? イタイイタイイタイ!! 絞まってる、首が絞まってらっしゃいますことよ!?
「馬鹿な兄さんに全力でわからせてあげてください!! 全!!」
「大丈夫、今回は私も怒ってる。手は弛めない」
 涙を拭ってヒメが睨みつけてきた。
 いや待て、マジで死ぬ!! ホントに苦しい!! 冗談じゃすまなく落ちる!!
「馬鹿ですか、兄さんは!? いや、馬鹿でしたね!! バーカバーカ!!」
「ただのバカじゃない、兄さまは底抜けのバカ。しかも救いようのないバカ」
「キミらキャラ変わってない!? いや待てマジで死ぬ、ホントに待て!!」
「知りません!! いっそこのまま死んでください!!」
「馬鹿は死ななきゃ治らない」
 ヤバい、この妹たち、目がマジだ!?
「なんですか!! 兄さんはどれだけ自己評価が低いんですか!!」
 ヒメが襟首を掴んで俺をガックンガックン揺らしながら叫んだ。

「貴方の都合で助けられたとか、貴方の勝手で助けたとか、助けられた側からしたらそんなこと【どうでもいい】んですよ!!」

 首も胸も、締め付けられる。物理的にも比喩の意味でも。
「貴方にとって、どういうつもりで誰を助けていたのかは知りません!! 知る気もありません!! でもねぇ、だったら――助けたなら【ちゃんと感謝されなさい】!!」
 ヒメが再び泣きながら、クシャクシャにした顔で俺を責める。
「貴方が好き勝手に誰かを自分のために助けるなら、【救われた人間の好き勝手】を――助けられたことの感謝を最後まで受けなさい!! それが助けた側の義務ってもんでしょう!!」
「ん、兄さま無責任」
 全がヒメに同意するように、淡々と同意しつつ、首を絞める力はさらに増していく。
 あ、やば、そろそろマジで意識が飛ぶ――
「ストップすとーっぷ!! 二人とも、流石にそこまで!!」
 と、見慣れた赤毛のレフェリーがテントに飛び込んできた。

 


 そりゃあ冷静に考えれば、
「あんだけ騒げば人も来るわな」
 絞められた首をさすりながら、そう呟いた。
 あの後、命たちが「ブレークブレーク」とヒメと全を引きはがしてくれた。
 というか、なんか全員集まって来てた。
 今はとりあえず焚き火を囲んでいる。
「いやまあ、正確には最初から聞いてたけどな?」
 横に座ったかなでが愉快そうにそう言った。
 あらやだ恥ずかしい。あんな赤裸々な自己開示、こんな多人数に聞かれるなんて。
「前々からおかしいとは思ってたけども、あんなに悩んでるなんて……もっと早く言いなさいよ」
 命が呆れたようにため息を吐いた。
「言えるかよ、あんな情けねえ話」
「どうせ情けないバレ方したんだから、いまさらカッコつけられても、ね~?」
「ね~?」
 灯とかなでが顔を見合わせてニヤニヤしていた。そんなに人が情けない姿をさらすのが楽しいかお前等。
「えっと……うん、青龍君も男の子だもんね。強がりたくもなるよね」
 秋さんがオロオロしながらフォローするが、その慰めは逆にトドメだと思うの。
「で、なんだっけ? お前が思春期こじらせたって話だっけ?」
「いつものことじゃない? それ」
 木田と白橋が簡潔に俺のメンタリティを解説する。シバかれてぇかお前等。
「まったく、人に散々言っておいて自分がこれか」
「ほんと、先輩は厄介……いえ、めんどくさい人ですねぇ」
 劉輝と甘音も呆れているが、お前等に言われたくはない。
「どうして人に言えることを自分には当てはめられないのでござるか、青龍殿は」
 たまきもジトーッと呆れを含んだ目で呟く。
「――で、どうなんです? 姫子様。例の【最適化】について」
 と、空が元の話に戻した。
「――そうですねえ」
 まだ少しむくれ気味に、俺を睨みながら、
「結論から言ってしまえば、わかりません」
 ヒメはそう端的に言った。
「ただまあ、私見として言わせてもらうなら……」
 盛大にため息を吐きながら、

「こんなややこしくて無責任で意味の分からない拗れ方をするような人が、そう簡単に世界の意思に操られますかね?」

「「「それはそうだ」」」
「キミら酷くないかな!?」
 満場一致で俺をめんどくさいやつ扱いしやがって。
「ちなみに、木田さん、白橋さん。お二人から見て兄さんはどうですか?」
 ヒメは幼馴染二人に問いを投げかける。
「結局のところ、私達は青龍になった後の兄さんしか知りません。過去の兄さんを知ってるのはお二人だけです」
「「ん~~~……」」
 二人は首を傾げて俺を見て、
「……前より面倒見はいい?」「でもめんどくさいままだしな」
「そこかよ、判断基準」
 互いの顔を見合わせて好き勝手なことばかり言いやがる。
「とりあえず、変化は無いかなあ?」
「少なくとも、前からおかしな奴ではあったし」
「よーしいい度胸だオメーら、そこに直れ」
 大乱闘幼馴染、開幕。
「じゃあ大丈夫でしょう」
 と、ヒメはパンと手を叩いて、
「それじゃあ寝ますか」
 と、お開きを宣言した。
「おい!? そんな軽くていいのかよ!!」
 結構俺悩んでたんだが!?
「そう言われましても。確定的に言えることはないわけですし。今の兄さんが【地球のために】って動くようには見えませんし」
 まあ確かに。
 俺の自己認知自体は変わってない。そういう大義とかどうでもいいし。
「じゃあ問題ありませんし、仮に問題があったとして――」
「ん、いざとなったら私が止める」
 と、全がシャランと錫杖を鳴らした。
 まあ確かに、俺じゃあ逆立ちしても全には勝てないだろうけどさ。
「というか、その程度なんですよ、兄さんの悩みは」
 ヒメは呆れつつ、
「仮に兄さんが好き勝手に誰かを助けてたとして、それこそ「いまさら」それを気にする人、居ます?」
 微笑んで全員に問いかけた。
 ――誰一人、手を上げなかった。
「――そういうことです。だから問題は無いんです」
 それは文字通りの意味ではなく、問題があっても丸ごと受け入れる。
 そう言ってるように聞こえる。
「兄さんと同じですね?」
 いたずらっぽく笑うと、その場の全員も笑っていた。
 ――やれやれ、

「ほんと、変な奴等だなぁ」
「「「お前が言うな」」」

 おかしい、全員にツッコまれた。

 



――― 次回へ続く ―――