ーーさて、そうだなぁ。
果たして何から語るべきか。
俺自身の人生には、特筆すべきところはあんまりない。
四神·青龍ーー
その肩書が付く以前の俺は、そこそこに人生に絶望して、そこそこに人生を達観して、
ーーそこそこに、人生に飽きていた。
特別に不幸せだったわけでもないが、取り立てて幸福でも無い。
そんなどこにでもいる、石ころみたいな人生だった。
だから、語るとすればそんな凡人の過去ではない。
恐らく「あそこ」からだ。
俺が「青龍」となってしまった事件。
ーー血走った目で刀を振り回す狂人と、それを追ってきた女。
それと行き合ってしまった、あの何も知らなかった高校時代からだろう。
ーー高校2年の春休み。
一年前の何かが始まる期待感も、一年後に待つであろう、何かが終わる喪失感も、
恐らくそれら一切に劇的な何かも、感慨もなく消化するんだろうと、既に数回行われた経験から軽く絶望というか、飽いていた人生の4分の1程度を消化した俺は、暇で暇でしょうがなかった。
ライトノベルやゲームのような刺激的な日常も、特撮のように悪の組織と戦う正義の味方もいない、平凡で凡庸な世界ーー
それでも現実は優しくなくて、常に「どう生きるか」なんて答えのないクソみたいな人生を、俺は悲観していた。
そんな現実から逃れる為、俺は当時ではまだ行えていた、近所の立ち読みできる本屋を巡り、空想の世界に逃げて、現実をやり過ごしていた。
ーーああ、つまらない。
ーーつまらなさ過ぎて死んでしまいそうだ。
そう思いながら、俺は本屋を出た。
「…………???」
本屋を出て、玄関先の小さな駐車スペース。
うつむきながら広がる視界に映る、足元のアスファルトに、にわかに広がっていく、赤いナニカ。
ーー顔を上げて広がっている光景は。
日本刀を持って荒い息を吐き出す、目の血走った男。
そいつの持つ刀の切っ先には、今しがた付いたであろう赤い液体とーー
その液体が落ちる先に倒れている、発生源のナニカ。
「ーーーー」
周囲の人間は固まって声を出せず。
俺も固まって動くことができず。
ーー斬られた女性に守られるように抱かれてた子供は、現実に何が起きたか理解ができていなかった。
「……っ、キャァァァァァーーー!?」
誰か、女性の甲高い悲鳴が響いて、周囲の時間が動き出した。
「通り魔だーーーっ!?」「警察を呼べ!!」「逃げろーーーっ!!」と、周囲に混乱が広がっていく。
ヤバい……俺も逃げーー
「「ーーー」」
目があった。
真正面にいた俺と、通り魔は互いに目線が合う。
「ーーー」
通り魔が俺に向き直り、ザリッ、と地面を擦る音が聞こえた。
殺されるという確かな気配……否、確信を抱いてなお、俺は動けない。
本当の意味での殺意を受けた人間は、恐怖に支配された者は、叫ぶという抵抗すら封じられるという事を、俺は初めて知った。
「ーーーウァァァーーーン!!」
グルンと。
通り魔の視線が動く。
遅れて俺もソレを見る。
殺人者の一番近く。
血の池に沈む女性に縋り付いて、泣き叫ぶ子供。
・・・ ・・・・・・・
標的は、そっちに移った。
「ーーーー」
ーーその時、
俺が真っ先に思ったのは、確かに「危ない」とか「助けなきゃ」とかではなく。
「助かった」
ただただ、その安堵だった。
「ーーーーっ!!」
それは明確な「八つ当たり」。
その1秒で救えたかはわからない。いや、どう考えても関係は無いだろう。
でもその明確な1秒は、確実に「隙」であったのは間違いなくーー
振り被ったその刀が子供を斬り付けるのを止められなかったのは、間違いなかった。
二回目は躊躇わない。
既に刀を振り抜いた男の顔に拳を叩き込む。
まったく手遅れで無意味な一撃を受けた男は、その反動すら利用して、振り被った頭突きを俺の額に叩きつけた。
「がはっ!?」
地面に腰からへたり込んだ俺は、地面に倒れ伏す。
マズイのもヤバいのもわかったが、マヒして動けない。
その数秒で、男はマウントを取って俺の首を片手で絞め上げた。
(息がっ……)
意識が混乱と酸欠で働かない。
滲む視界には男が刀を逆手で構え、俺に突き立てんと狙いを済ました。
殺される。
直前に斬られた子供の姿が脳裏に過ぎる。
「ーーー」
男の刀が振り下ろされようとした時。
ギギギギギギィッ!!
暴力的な金属音が響き渡り、男の体が吹き飛んだ。
「遅かった!!」
地面にタイヤをコスった、ゴムの匂い。
エキゾースト音を響かせたシルバーカウルのバイクの上から、ソイツは叫んだ。
「ーーー」
吹き飛ばされた男は、両手で身体を持ち上げて、ユラリと起き上がろうとする。
「ーーー」
フラリと男が視線を逸らす。
俺も釣られて視線を追う。
「「ーーー」」
刀が、転がっていた。
「「っ!?」」
「ーー!? ダメ!!」
わずかに、俺の方が近かった。
静止の声が聞こえた気がしたが、そんなことよりも刀を掴めと言われた気がした。
「ーーーっ!!」
男が身体全体で襲いかかってくる。
ーー自然と身体が動いた。
持ったことも無い刀の使い方を、まるで知っていたかの様に。
男の身体を逆袈裟斬りで切り払った。
バイクに引かれても動いていた男は、鋼鉄の塊で打ち払われて地面に倒れ伏して、今度こそ動かなくなった。
肩で荒い息を切り、油断なく構えてから深呼吸。
完全に動きがなくなったのを確認して、刃を降ろした。
「動くな!!」
男をバイクで引いた人物は、俺に銃を向けて来た。
「はぁ!? 相手がちげぇだろ!!」
俺はそう叫んでから、斬り付けられた人達に近付いたり。
「……正気を保ってる? どうして……」
「くそ、どうすれば……」
バイクの奴の言葉を無視して、傷の具合を確かめる。
二人共まだ息はある。けど、どう考えてもこの出血量は素人目にもヤバいのが分かる。
「ーーどいて」
バイクの奴はヘルメットを脱いで、バイクから降りて二人に近付く。
懐からメガネを取り出してかけたその女は、燃えるような赤髪を払って、二人の怪我を診ていた。
「治せるのか?」
「生きてれば」
女は懐から何か薄い紙を取り出す。
どう見ても包帯とかガーゼ等の医療器具ではなく、なにか表面にミミズがのたくった文字が書かれていた。
御札だった。
「ふざけてんのか?」
底冷えするような怒りを言葉に隠そうともせずぶつける。
「残念ながら、至ってマジよ」
その反応に慣れたように返した女は、その札を女性と子供に貼り付ける。
「…………」
「ーーー」
胡散臭そうに睨みつけたが、女は何も気にせず俺の顔を観察するように見つめてきた。
「ーー貴方、頭大丈夫?」
「ソレはコッチのセリフなんですがねぇ?」
口を開いたかと思えばド失礼な物言いに、俺は最大限大人な対応で返した。
「ーーもしかして貴方」
「ーー動くな!!」
なにか言いかけた女の言葉を遮った叫び声に振り返ると、そこには複数の警官が俺達を取り囲んでいた。
「武器を捨て、両手を上げて指示に従え!!」
武器を構えて完全に包囲されていることを確認した俺は、ため息を吐いた。
くっそ面倒な事になった。刀を地面に刺してそう思った。
これが最初。
俺が魔剣・ダークイーターを持って戦って、焔の巫女の一人である、「風焔 命」(カザホムラ ミコト)との、初めての出会い。
ーーまだ「青龍」を名乗る前の、俺の始まりの話だ。
……いや、退屈だとは言ったがよ。
人死が欲しいなんて思った記憶は無かったんだが?
ーー次回・青い龍と焔の巫女ーー