問題解決の心理学や認知心理学の分野で主に取り扱われてきた
問題場面に出会ったときに 問題をどう感じ取り どのように解決していくか
心理学でいえば それが「気づく力」
三方が囲まれた檻に お腹をすかせた鶏と犬をいれる
そして檻の前方にえさを置くと えさを食べようとまっすぐに向かってくる
鶏は檻が邪魔になっていつまで経っても
えさの前で右往左往するだけで食べることが出来ない
犬は 最初は迷うけれども 檻の一辺が開いていることを発見して
檻を脱出し 回り道をしながらえさにたどり着ける
犬は問題を感じ取り 解決策を見出した
これが分かりやすく言う「気づく」と言うこと
・・・私はどうするだろう・・・きっとえさに突進して 檻をガシガシと壊そうとしたり
よじ登ったり・穴を掘って向こう側に行こうとするかもしれない
もし鶏だったら 飛ぼうとすると思う
飛べないのに・・・
犬だったら 檻をかじって破ろうとするかな・・・
こう思う私を 心理学的にはどう評価されるんだろう・・・
一度目標から遠ざかって回り道をするというのは
実はかなりの高度な思考
先ほどの例で言うと 自分と自分が入っている檻・えさの位置
檻の仕組みという全体構造が把握できなければ
そういう発想は出てこない
鶏のようにえさという要素にばかりとらわれてしまうと
全体の構造が見えなくなってしまう
だから 問題場面が見通せない
問題の解決策に気づかないという事が出てくる
気づくことが出来る人は
見かけや表面的な現象に左右されずに
物事の本質を見ることが出来る
そして 本当に気づく力のある人はそれだけではない
「木を見て森を見ず」と言うが 逆に森全体を見てしまうと
個々の木は見えなくなってしまう
課題によっては森全体を見たり
個々の木々をみたりすることが大切
理想的なのは視点を変換して 課題によって見方を変えること
それが出来るのが 本当に気づく力のある人と言えるのではないか
物事の背景にある潜在的な要因を見抜いたり
複数の現象をバラバラにとらえるのではなく
その関係性を抽出できるのは 視点の深さ
この視点の深さと
問題によって見方を変えることのできる柔軟性を身に付けたいものだ
そして何より相手に対する
思いやりというマナーも
世の中には三つの種類の人間がいるという話を目にした
「自らが何かを変える人・変わっていく何かを見て分析する人・何かが変わっていることにさえ気付かない人」
自らが何かを変える人でありたいと思う
(23:35 誤字修正)