時間はないが、
自分が構築したものは、
そこにあったはずの、自己意識である。
それこそ、
私の意味意識であり、
打ち砕いて考えると、
自分が助かる道を選んでいるということ。
それは誰でもそうであり、
恥じることないが、
歌にするのも、
俳句にするのも、
自分を守りたいがためでもある。
でも、よく自分に聞いてみると、
それでは、助かるものも、神と呼ぶことが、出来ないというわけだ。
そして、
そこにあったのは、
記憶と、若かりし頃の、肉体的な疲労である。
疲れを、肯定的に捉え直してみるということが、
主に、選んでいる決定事項を、遅かれ早かれ、見つけると思う。