13年経っているが、仙台に行ったことがあった。
そこで見えたのは、寝床とも違う、ある見え方。
福島に起点を置いて、
そこから、派生していく形で、旅をした。
その中で、奇麗に記憶しているのは、ディフューザーを買ったこと。
そうしたことが、もう一人の自分が、いるけれど、
「自機地」を産み、「セルビアの一時」を産んだ。
「マメール・ロア」もそこで聴いたし、
沙弥香さんのインフルエンザも心配したものだ。
そして、イェーツを買ったのもそうだった。
祖母がまだ、生きている間、私は、自由な時間を、仙台見つつ、
そのディフューザーによって、動いているその物体を、
目して、自分の持ち場を、最大限に活かしたわけだ。
それだけじゃ、自惚れだし、ダサいから、
華麗に、交わしていった、薄皮饅頭でも良いと思う。