昔、病気の関連で、
幕張にある、職業訓練センターで、
講習を1年間受けたことがあった。
その当時は、国立大学に入ったような、
一種の留学という感じをもったものだ。
そこで、学んだり、作ったりしたことが、
今の糧になっている。
しかしながら、
そこでの、仲間が、
相模原の事件のテレ・指示役だったと妄想したこともあった。
そういう負の部分が、
なきにしもあらずで、あるものの、
そこでしか、出来なかった、こともある。
例えば、故・F島さんとの、会話、そして、そのテレ・指示役との、
会話も大事だった。
そして、スタッフの、篤い支援があった。
それらの、自分に、返って来るものらの、
内容が、その後の進路と深く関わっており、
勉強しなきゃならないと思ったのも、そこで、学んだことの延長線にある。