昨日分かったのは、
地震があったが、
それでも、祈りの時が、
午前にあった。
それで、何か、拙いことが、
主に纏わる、事柄に於いて、
ないか?と思うことも、
私の性のことが、あって、
その新しい価値観が、詩情を想起させる。
そして、自発的に、あるいは、自主的に、
創作をするとか、リズムを取るとかいった、
肉体と切っても切れない関係にある。
そこで、体系的に、ものを考えるのじゃない、
カテゴライズするものが、
未来的な、私事であるということ。
それは、未知の、取り合いであるが、
そこにこそ、性のエネルギーが存するのではないか?