江ノ電で、鎌倉から、長谷まで行ったことがあると、
TVで、見て思い出した。
その当時、親しくしていた、バーのマスターが、亡くなって、
茫然自失してた。
そして、その邪気を振り払おうとして、
いざ鎌倉に出掛けた。
晴れ間の出る、観光日和だった。
その時、長谷寺に参拝したんだけど、
そういった、人々も沢山つうか、
少々あった。
その意味が、大きいこととしてあった。
実は、NPOの方で、お寺にお世話になっていた、縁があって、
そこで、そういうのも込みで、伺うことにしたわけだ。
例えば、大僧正のことがあったと思う。
実感するに、仏様が、おられるというだけで、
心は落ち着く。
そした時、差こそ、ないが、
バーのマスターが、供養されたじゃないかと思う次第である。
