ポストモダンで考えたアートが、現在の意味と、過去の系譜に依って立つ。
まず難しく考えるけれども、人が助けてくれると考えると、すぐに答えが出なくても、答えたことになる。
そこに、もしはないが、あるのは、直接の経験から来る自信だ。
歌だとか、シンフォニーだとかが、はっきりとは言葉にできないでいる。
そうだとしたら、切り取って、また貼り付ける。
これは、俗っぽいけれど、これがまず王道だろう。
言葉の継ぎ足しである。
たまたまうまい言葉ができる可能性もある。
そうだとしても、だ。
やっと言葉にしたそれらしきそれも、頭で考えないと、無駄に、お構いなしに、流れていってしまう。
どうやら、この御時世に、『流行』というものもあるらしい。
そこにいれば、安心だという一時が、切り貼りされたイメージを継ぎ足していく。
−昨日ラジオで聴いた音楽を求めるのだが・・・。
そんな『流行』だってあり得る。
例えば、そういうことかもしれない。
わたしは、その分岐点にいる。