村上春樹の1Q84 の元ネタのジョージ・オーウェルの1984年をwikipediaで見てみた。
radioheadやrage against the machineなどが取り上げているようで、そう言う物かと思った。
未来小説として、あるいは、架空小説として、興味を引くと言うことだろう。
それは、村上春樹自身が考えたミステリーの中盤が、ワープすることと、比していると言うことと関係があるかも知れない。
果たして、1Q84は完成されるだろうか。
私にはその物語が、未完のまま終わってしまったのだと思わざるを得ない。
ここでは、ネタバレは避けたい。
少し素敵な月の出た晩に、2つ見えるのだろう。
おかしいか?
わからない。
青豆の生き方が冠されず...。
天吾がわかれば
父が最後の時を過ごした療養施設
に
生活させてもらうことが理解できる。
そういう問題だ。
何か言いたいことがない。
そういう時こそ
この物語の意味がわかる。
もう本を読みながら
無駄がわかるというか、字を追うだけになるが、
それでも、最後まで読み切ったという実感が欲しい。
そうだとしたら、三巻仕立ては最高だった。
繰り返すことはしない。
そういうことだ。
情けないが。
