今月9日、井上ひさし氏(1934-2010)がみまかられた。
作家、演劇作家として名実ともに高評価を得られておられたが、若い日、私も憧れた読者のひとりだった。 70年代から80年代のことだ。
幼年期から青春時代を面白おかしく描いた一連の作品はだいたい読んだように思う。
家庭的に不如意で仙台のキリスト教修道会が運営する養護施設に寄居して、フランス系カナダ人に仏語を学んだと自信を持って大学に行ったら、本国フランス出身のの仏語教師に発音が変だと言われてがっくりした。 ・・・などのような興味深い話が満載であった。
「日本語」、「言葉」というものに対する深い愛着と探求心。
氏の特質は文筆家として名を遂げてからも「劇作家」という立場を捨てなかったことだと思う。
偶然だが、私は昨秋、遺作となった舞台上演『組曲「虐殺」』を観ることができたのだ。
世上再び脚光を浴びた小林多喜二を描いたものだ。
どう描くのか、またタイトルにも惹かれ無理して観に行った。
多喜二を張る「官憲のイヌ」である下級警察官(特高)がやがて多喜二にシンパシーを抱くに至るというような副筋もあり興味深いものだった。
厳密に言えば、戯曲「ムサシ」を海外公演のために手直ししたそうだから、そちらが遺作ということになるのだろうか。
いずれにせよ、多くの作品群( 氏は「作物」(さくぶつ)という言葉を使っていたような記憶があるが )を残して、氏は逝かれた。
「最後の戯作者」と呼んでもいい人だと思う。