お久ぶりです
どーしたことか、近頃は春から夏へと移る間の季節が何とも言いようのないような塩梅になってきています。無茶苦茶でござりまするがなー・・・という流行り言葉がむかしあったそうですが、ほんとにそういう状態と思います。
冒頭のタイトル。
時事問題だの政治談議など、メデイアではおおっぴらに語られるのですが、一般市民が先鋭的とも言えないことを述べても、たいそうなことは言うなだの、(たいした)気ぃしてなどと攻撃しようとする人が必ずいます。そうしたくなる気持ちもわからないわけではない。することして足元固めてからにしろ、ということなのでしょう。
ただ、それも限度を超える場合もあり、何をしても必ず批判する人はいて、全員を満足させることは不可能というものなので、何より自分の幸せ・満足を優先しないと、気分がそれこそがんじがらめ・・・ということになりかねません。これは「自己満足」とは少し異なります。
さて、休日明けから安保関連法一括改正法案が審議開始ということになりそうです。
是非両論あるでしょうが、国会議員の皆さんは各自志しを持って地域・職域から推されて登院なさっているのでしょうから、単なる賛成票投票要員になってしまわないよう願いたいものです。あの郵政民営化法案でさえ大量の造反者が出て、それによって以後政治生命が絶たれた議員がいたでしょうか。
戦争や紛争地域にいるとはどういうことなのか、などわたしを含めて多くの日本人には想像力の範囲を越えることです。
政治家、特に中年以下の政治家の方々は豊かになった日本で育ったでしょうから、現実感覚というか生活感覚が乏しい方が多いような気がするのです。(新しい発想ができる、という良い面ももちろんありますが。)
第二次大戦という大惨禍を経験したこの国の先人たちが作り出した「専守防衛」という美しくも実際的な原則を崩すような事態が生まれて、生んでよいのだろうかと危惧する人は多いでしょう。
「文民統制」ということばがありますが、逆に、武は文を止められるかという議論もあります。
アメリカ政府の要請があれば自衛隊は世界中どこにでも行くのか、という疑問に対して安倍首相や法案作成者の方々は、ありえない、と答えているようですが、仮にご本人たちにそんなつもりは無くとも、将来どうなっていくかはわかりません。
法案の本意は何か、そこにある問題点は何かを十分議論して、国民や周辺国に明らかにしてもらいたいと思います。
「由らしむべし、知らしむべからず」(民はだまってお上に従っていればよいのだ)などという姿勢は通らない時代ですね。
前回は少し硬い記事を書きました。
いつもは他のサイトや動画をつけたい場合はリンクを貼り付けるだけですが、なぜか何度やってもページにリンクできず、動画そのものを貼り付けることになりました。
インターネットに、先の天皇の動画を貼るのはどうかとも考えましたが、公式な場面の映像であり、東京オリンピックも多くの人たちにとって、近くはあれど既に歴史上のできごとと化していると思うので、アップしてしまいました。youtube上の動画です。
私は決して国粋主義者ではありません。ただ、誰かれの区別なく無遠慮にネット上に画像を載せていいものか、という疑問は抱きます。そう考える人は多いでしょう。
「萌える季節」とのタイトルは、大型連休も近く、新緑芽吹きまぶしい季節になりましたなぁ・・・くらいの意味です。
<萌え>というのは本来は春先の草木の芽吹きの頃、早春の頃に使うらしいですが、今の時期も十分「萌える」が使えるのではないかと思ったしだいです。
萌え、萌えるということばは最近は心の状態を表すのにも使うようですね。何かにときめきや憧れを覚える状態、とでも言うのでしょうか。
外国人にも使われているやに聞いています。
萌えるわぁー・・・
燃えるわぁー・・・
何かに萌えて、さらには燃える状態になれるぐらいの心の若さが保てるといいと思いませんか。
疲れて、枯れしおれてしまっちゃーねぇー・・・とは誰しも思うでしょう。
わたしは、このゴールデンウィークは私用でちょっと出かけるだけで、あとはほとんどゴロゴロデンウィーク(この語は前にもどこかで使った)ですが、皆様は各人各様のやり方で英気を養ってくださいませ。
次は早くても連休明けにお会いします。
ごぶさたしています
新年度が始まり、新しい場で新しい生活をはじめた人も多いかと思います。
タイトルの「恩讐のかなたに」というのは菊池寛の短編小説「恩讐の彼方に」由来のことばです。
先日太平洋戦争終結70年の節目に、天皇・皇后両陛下がパラオに慰霊追悼と親善の訪問をなさいましたが、何事もなく無事 帰国されました。10年前のサイパンご訪問の時は、ニュース報道を見て、ああそうか、そういうことができる時代になりましたかぐらいにしか感じませんでした。私事で心煩らわさられることしきりでしたし自分の生活に埋没していましたからね。
その後わたしも加齢して、世の中への見方も多少変わり、親たちの大戦前後の事情などを少しく知ると、何がしかの感慨を抱くようになります。
それで思うわけです。平成天皇は昭和天皇ができなかったことをなさっているのだろうと。
(大きなことを語るな、とたしなめる向きもあるやと思いますが、国民が自国の歴史を語って何が悪いことがあるでしょうかね。ましてやこの国には言論の自由があるはずだし、少なくとも「内心の自由」は万人になければ・・・・それが人の人たるゆえんというものでしょう。)
恩讐のかなたに・・・などということが言えるようになるには、長い時間とことばと形による慰撫・鎮魂が必要になるでしょう。
傷癒えず死によってようやく感情・思考に終わりが来るという場合もあります。
怨霊となって消えずに残る可能性もあるではないかと言う人もいるかもしれませんが、わたしはそういう考え方は取りません。
参考
玉音放送(感度の悪いラジオしかなかった時代)から19年後、1964年10月10日東京オリンピック開会式での昭和天皇による開会宣言