また台風が通り過ぎていきました

 

 いつの頃からか、敬老の日から秋分の日へと続くお彼岸のこの時期をシルバーウィークと呼ぶようになりました。 レジャーや旅行の業界が広めたんでしょうか。

 

 さて、前回のブログで山形県の山寺に行った、と書きました。

東京からだと日本中どこに行くのにも便利なのと同じように、仙台市を起点とすると東北地方のどこに行くのにも比較的容易です。 これと同様なことが地方の大都市に言えるでしょう。札幌市からだと北海道のどこに行くのにも便利でしょうし、福岡市からは九州一円どこにも容易に行けるのでしょう。(どちらの都市にも行ったことがないので実感としてはわかりません)

 

 山形市周辺を訪れた時のことを少し書きます。

JR仙山(仙台ー山形)線の山寺駅で下車すると、すぐ駅近くに立石寺(りっしゃくじ)があります。由緒ある大きな寺社の周りには必ず門前町や土産物屋通りがありますが、ここはこじんまりとしてひっそりとしたたたずまいです。 寺院の入り口そばに本堂があり一千段程の石段をえっちらおっちら登って行くと山上の奥の院に至ります。足腰の弱い人には無理かもしれませんが、入り口から登って帰って来るのに健脚なら2時間、ゆっくり休みながら歩いても3、4時間しかかかりません。歴史ある寺院参拝としても意義深いですが、プチ修行というか小トレッキングという意味でもなかなかです。実際、ここでも外国人旅行者をたくさん見かけました。

最近では、寺社が自身で立派な紹介サイトを設けていることが多いです。

  宝珠山立石寺サイト http://www.rissyakuji.jp/ 

 

一般人訪問者向けの見学・観光寺院というだけでなく、仏門に触れる機会を作ってあげるというのもいいじゃないかと思います。 座禅会や写経道場や法話など。 薬師寺で修学旅行生向けに若い僧侶が説法訓話するという例もありますね。

 

 山形駅の西側に霞城公園というお城址全体を公園とした所があって、いくつか公共施設があるのですが、その一角に県立博物館も建っています。 そこに半ば時間つぶしのために入館したのですが、思いがけないものに遭遇しました。

縄文時代の土偶です。土偶は日本全国で無数に出土されていますが、これは特殊です。すっとした立ち姿の土偶で、今風に言えばスレンダー美女とも形容できるでしょうか。二千年の眠りから覚めた「縄文の女神」です。おおげさに言えば、縄文人の美意識にふれることができるのです。(平成10年出土、後、国宝指定)

 県立博物館サイト・「土偶」紹介

  http://www.yamagata-museum.jp/archives/jomon_no_megami/

  注:「縄文の女神」は言うまでもなく発掘後につけられた愛称(尊称)

 

 山形市の南隣りに上山(かみのやま)市があります。ここは蔵王連峰に接して温泉地としても知られていますが、歌人の斉藤茂吉(1882~1953)の出身地でもあり、立派な「斉藤茂吉記念館」が建てられています。 

私を含めて多くの人にとっては、文学史の中の人物でしかありませんが、実際に記念館を訪れるといろいろな発見があります。10代初めに優秀さを見込まれて東京の精神科医・斉藤紀一家に入り、東大医学部卒業後は紀一を継いで精神科病院(帝国脳病院)を経営していた。(少なくとも中年期までは民間精神病院経営の草分けとしての顔のほうが大きかったと思う。) 

処女歌集「赤光」(1913年、31歳)は芥川龍之介はじめ多くの同時代人に衝撃を与え、一躍脚光を浴びたのだそうだ。

氏は故郷への愛着を失わず、事あるごとに帰郷したらしく戦中には疎開もしていた。蔵王にも老年まで訪れたらしく、生前に壮麗な歌碑も建てられています。

 斉藤茂吉記念館サイト http://www.mokichi.or.jp/index.html

 

余談になりますが、

わたしは青年期の初め頃、断続的に数年間山形に住んだことがあった。キャリア形成の基礎を作るべき大事な時なのであったが、まったく生産的な結果を残せなかった。馬鹿げたことに巻き込まれて心身のバランスを崩し、学業にも集中できず、それが後々まで尾を引くことになったのである。 その悔恨と苦渋は余人にはわからないかもしれない。 

まして、今でも放送ゴロ、政治ゴロよろしくあさまさしく立ち回っている連中がいるわけだから。 ・・・・ずいぶんなことを言うじゃないかと思う人もいるかもしれませんが、このくらいのことは、当方、しょっちゅう言われてきたし、実害をこうむったこともしばしばです。  呪詛や下卑た言い方はしたくないが、一度くらいは許されるだろうと思います。

 しかしながら、この土地自体には悪感情はないので、どうこう悪く言うつもりはない。今まで足が向かなかったと言っても、他の所も旅行していないし、訪れる理由もなかった。

 

さらに余談ですが、

わたしは酒がほとんど飲めないので、ふらっと酒場、飲み屋に立ち寄って旅先の人情に触れるということが難しいのですね。 これは多少残念ですが、いたし方ありません。

酒飲みは自然と酒飲み同士で集まるのでしょうが、下戸には下戸なりの時間のつぶし方があるというものです。