もうすぐ桜の季節
冬来たりなば春遠からじ・・・を過ぎて
日本中にソメイヨシノをはじめ多種のサクラが咲き、
花見に興ずる姿は、 外国人にも興味深く映るらしく、
これを目当てに訪日するむきも増えているとか・・・。
先日の「5年後の3.11」にはどのような感慨を抱きましたか?
ようやく、本格的に復旧・復興の端緒につき始めたといった感じでしょうか。
応急の復旧からやっと次の段階へ。
とは言いながら、地域により、世帯により、個々人により事情は様々なんだろうと思います。
さて、
3.11のもう一つの大問題は
原発事故の後始末です。
・放射性廃棄物の処置(中間貯蔵施設の問題)
・廃炉(燃料デブリ除去の問題)
・汚染水(なぜ汚染水が出続けるかの問題)
・事故避難者の生活(今後の人生という問題)
etc.
以上の問題はわたし個人が語るには大き過ぎるので、
もう少し身近な話をします。
だいぶ前に記事にしましたが、現在では原発事故強制避難地域のど真ん中を通れるようになっています。
太平洋岸に沿うように国道6号線と常磐自動車道を一般車両が通行できるようになっています。
★原発事故当初の避難指示地域 (2011年4月22日指定) wikimediaより
旧名称 ■警戒区域■計画的避難区域■緊急時避難準備区域
★現在~2015年9月5日避難指示区域再編後 (福島民友新聞より)

(人口、世帯数は本来ならばこれだけ人が住んでいるはずという数字)
国道6号線(陸前浜街道)の通行再開(一般国道)
2014年9月15日
常磐自動車道全線開通(高速道路)
2015年3月1日
高速道路は人家の無い所を通過するだけの無味乾燥な道路ですが、一般道は人里の中を通っているのでいろいろなことが観察できます。
もちろん、国道以外のところを許可なくズカズカ入っていくことはできません。
位置関係を関東方面から見ていくと、
水戸市からいわき市(福島県の東南端)中心部まで約100km。
<いわき市には避難者・事故対応関係者が2万数千人居住しているそうだ。>
そこから広野(ひろの)町、楢葉(ならは)町を通って、富岡(とみおか)町から現在の強制避難地域に入ります。ここまで30数km。
<広野町は事故後約1年で避難解除して住民の約半数が帰還して、その他原発作業員が多く居住しているらしい。楢葉町は昨年避難解除したが帰還した住民は数%でまだ暗中模索状態とか。>
富岡町以北、大熊(おおくま)町、双葉(ふたば)町、浪江(なみえ)町、南相馬(みなみ・そうま)市南部までが強制避難地域で、その距離約40km。<富岡、大熊、双葉、浪江は現在も全町避難で、南相馬市は一部が避難対象。>
これより北方の南相馬市中北部、相馬(そうま)市、新地(しんち)町までが福島県域。
宮城県に入って、山元(やまもと)町、亘理(わたり)町、岩沼(いわぬま)市、名取(なとり)市、仙台市に至ります。約40km。
国道6号線が避難対象地域に入ると、警察官が立ち番していたり、放射線計測機があったり、沿道の家屋が朽ちかけていたり、何よりひと気がありません。ただし、ぼんやり気分で走行していれば、今自分が特殊な地域を通っているのだということに気が付かないかもしれませんね。
対象地域以外のところでも「津波浸水地域」の表示があったり、JR常磐線の復旧工事をしているところがあったり、他地区では見られない光景があります。
数度クルマで通って得た表面的経験からの報告です。
個人的感想は控えめにしておきます。
今月はブログ更新予定はありません。
よい新年度をお迎えください。