11月25日の夜遅く、往年の名女優・伝説の女優と冠された原節子さん(1920~2015)が亡くなっていたとの報が駆け巡りました
95歳だったとのことでした
約半世紀前に映画界を去り隠遁生活を送られていた女史ではあるが、だれも決してその名を忘れなかった人である。
当時の女性としては大ぶりで洋風の感じのする女優さんであった。
本格的なドラマ映画が始まった時代の代表的女優さんだったと思う。
1937年(昭和12年)公開の初の日独合作映画「新しき土」は当時大きな注目を浴びました。(今観ると、1936年・日独防共協定から1940年・日独伊三国同盟に至る時代、満州国(1932~45)と満蒙開拓時代という背景がよくわかります。)原節子さん16、17歳頃の作品です。
戦後の小津安二郎監督の日本の家族の原風景を描いたような作品の主要人物としての原節子さん。
(終戦後、ほどなく黒澤明や小津安二郎が海外で高い評価を得たのは、日本という国の意外な面を外国の知識人・大衆が見出したからでもあろうと思う。大戦中の海外侵攻や特攻隊という自爆攻撃、捕虜になることよりも無謀な玉砕や集団自決を選ぶ不気味な民族の国。この日本のイメージとは全く異なる姿を見せられたからでもあろうと思う。
実におおざっぱな推論です。)
学生の頃、原節子さんが存命で鎌倉かどこかで隠遁生活をしていると知ったときは少なからず驚いたものだ。
騒がれもせず静かに暮らせたのは、本人はもちろん近隣の住民を含めて周囲の人たちが賢明であったからだと思います。また、95歳という年齢も意外でした。引退が早かったとはいえ、そんなに昔の人ではない、ということです。
彼女の眼には今の世の中がどのように映っていたのか、興味あるところです。
(参考)
「新しき土」リバイバル 公式サイト http://www.hara-eiga.com/