2011年3月11日午後2時46分頃に発生した東日本大震災から既に1000日が過ぎ、まもなく3年になろうとしています。
おもに東北地方から北関東地域の太平洋沿岸部の地震・津波被害と内陸部の地震被害、福島第1原発周辺地域の事故被害はいくらかでも立て直すことができたのでしょうか。
多くの人が述べているように、時の経過とともに、地域や人によってますます回復度や展望の明暗に差が出てきているようです。 ようです、というのは直接に見聞きしたわけではないからです。
被災地からの声として、よく聞かれるのが「忘れないでほしい、関心を持ち続けてほしい」ということだそうです。
そうですね、忘れないで関心を持ち続けていれば何かの行動につながることもあるでしょうから。少なくとも無知からくる中傷や疎外は生まれないでしょう。
原発事故後の事故処理というか後始末、尻拭いがうまくいっていません。「事故は収束した」とは、単に「原子炉の冷温停止は保たれていて放射性物質が大量飛散するようなことは起こらないだろう」と言っているだけです。それどころか、昨年来「汚染水問題」が大きく取り上げられています。
それにしても、素朴な疑問として・・・・・
青函トンネルや本四架橋を作り、古くから鉱山開発の歴史を持つ土木建設技術の高さを誇るこの国が、限られた狭い福島第一原発の敷地内からの汚染水漏出を遮断することができないのは何故だろうか、と疑問に思う人は多いと思います。東京スカイツリーなんて物を作れる国が何故事故処理にかくも手こずるのかと、誰でも思いますよ。人と技術と資金の集中投入がうまくいっていないのではないかと、誰でも思います。
原発事故難民(棄民という言葉を使う人さえいます)も先の展望が見えない方が多いと聞きます。「難民」という存在は同情は受けますがやがて厄介者扱いされることも多いです。自国が作った国内難民の処遇くらい満足にできないようでは日本はとても先進国、一等国とは言えませんね。3年も塩漬け生活を強いられれば普通の人は立ち直ろうという気力を失うものです。そうは思いませんか。
原子力発電問題を今後どうするかという論議はもちろん大切ですが、現に起こった原発事故の後始末の問題をないがしろにしてはなりません。
あの災厄は東京都民や首都圏在住者には大きなショックだったでしょう。交通が麻痺して放射能被害におびえる、などということは便利で清潔な生活を享受してきた方々には耐えがたいことでした。
別に、今度の都知事選に引っかけて述べているわけではありません。ついこの間起こったことをあんまり早く忘れてしまっては困るだろう、と言いたいだけです。
先の展望が見えない人、その展望を作ろうと四苦八苦している人がまだまだ大勢いるのだろうという想像力は持つべきだろう、と強調したいだけです。
禁欲的な生活をしろだの笑うなだのぜいたくはするな、などと言うつもりはもうとうありません。それでは何が楽しみで生きているのかわかりませんからね。
自分の周囲や世の中、社会に関心と想像力を持っていないと、お互いに快適な生活を送る、ということができなくなってしまうのではないかと思い、今回の記事は書きました。
参考:原発事故による強制避難対象地域と避難者数
(福島県地元新聞サイトより)
http://www.minyu-net.com/osusume/daisinsai/saihen.html