1月も10日を過ぎたので、ブログデザインをお正月仕様から元に戻します。
あなたには、
♪ こいつぁー春から縁起がいいわいなぁー ♪
・・・・というようなことがありましたか?
さて、タイトルの「追悼文」のことですが、どういうことかというと、有名人や著名人が惜しむらくも亡くなられた時に追悼文や感慨を書くことがはたして自分に許されるか、という疑問です。
直接の親交があったわけでもないのに、ご本人が亡くなられた後に自分の身勝手な文章を書き散らしていいものか、何か述べたいことがあったのならご本人がまだ存命しているうちに述べるべきではなかったか、という感覚です。ご本人に届く可能性があるうちに書くべきで、亡くなってから美辞麗句を並べることに何となく後ろめたさを感じる、という気持ちです。こういう心情に共感する方、きっといると思います。 結局、その亡くなられた方を通して自分を語ることになってしまいますからね。
いわば「時代の共通感覚」とでも呼べるものを作ることができた人たちがいて、世捨て人でもない生活者である我々は何らかの影響を受けます。 一時の慰めや気晴らしを得たというだけでも、そういうことは生活者・人間にとっては非常に大事なことです。少なくともわたしには大事なことです。
音楽家の大瀧詠一さんが亡くなられました。 この方について特に詳しいわけではありません。ただ、今回の死去によって、わたしが以前鼻唄で口ずさんでいた楽曲がいくつかこの方の創ったものだったので驚きました。プロや熱心な愛好家でもなければ、この歌はあの歌手が歌っているもの、という捉え方ぐらいしかしないものですからね。 それに、幼少年期を岩手で過ごされたということも初耳で、何となく根っからのシティ・ボーイだと思っていたので、これも驚きました。 戦後生まれなのですから、地方にいてもラジオもあればレコードも容易に手に入ったでしょう。かえって、余計な情報や雑音が入ってこなくて良かったかもしれません。 外国のポップスもビートルズなどの洋楽もリアルタイムで経験した世代なのでしょうし、テレビの草創期や放送広告の華やかだった頃も経験なさっているわけですね。とても老年とは言えません。
また、わが身のことと結びつけると、わたしの父親も65歳で死去しました。今から考えると、やはり65歳では早死にだろう、と思います。 悔いが残るか天命か、はご本人にしかわかりませんが、もう少し音楽産業の動態を観察できたならば、きっと傾聴すべき発言をなさっただろうと思います。
ゆく人あり、そして来る人もあり。
時は流れていくばかりで逆流はしないもの。
ただ瞑目するばかり。