今年、2012年は「日活」創業から100年になるそうだ。
「日活」と言われてもピンとこない若者もいるかもしれませんね。
1912年(大正元年)9月に四つの活動写真会社が合併して、「日本活動写真株式会社」(略称・日活)という日本初の大手映画会社が誕生した。
(この年の7月末に明治天皇が崩御して明治45年から大正元年に変わった)
初代社長には四社のひとつ、M・パテー商会の社長だった「梅屋庄吉」氏が就任した。
この辺の事情は佐藤忠男氏の労作
「日本映画史」(全4巻・岩波書店)に記述されている。
梅屋庄吉氏については近年大きく取り上げられている。
長崎出身の実業家で写真業と活動写真で財を成し、孫文たちの中国近代化運動を資金的に援助したり、孫文の日本亡命時には自宅に匿い、孫文はそこで宋慶齢と結婚している。
孫文は中国(大陸でも台湾でも)では「国父」と称されていて、宋慶齢は後に中国共産党副主席にまでなっているのだ。
昨年2011年は1911年の「辛亥革命」から100年ということで、ジャッキー・チェンが「1911」という映画を公開して話題になった。
ジャッキー・チェンが演じたのは中国近代化闘争で主に軍事部門を指導した「黄興」(日本語読みではコウコウ)であった。
蒋介石も一時梅屋邸に身を寄せていたらしい。
梅屋氏については、
「盟約ニテ成セル 梅屋庄吉と孫文」
読売新聞西部本社 2002年 2,000円
「革命をプロデュースした日本人」 小坂文乃・著
講談社 2009年 1,785円
の他、最近、類書が多く出版されている。
この梅屋氏はほどなく日活社長を退任したらしい。
「日活」という社名だけは続いているが、経営主体、企業活動内容は変化の連続であったようだ。
現在の中高年世代が頭に浮かぶのは、石原裕次郎や吉永小百合を売り出した青春物路線と、日活ロマンポルノであろうか。
どちらも窮余の策として生まれたものらしい。これは多少とも邦画に関心を持っていた人なら何となく知っていることだと思う。
先に挙げた「日本映画史」にも記述があるし、いろいろな映画本にも書かれたことである。
さて、私に限って言えば前者についてはリアルタイムでは経験していない。後にテレビで放映されたり、レンタルビデオの時代になってから観ただけである。この俳優さんや監督の若い頃はこうだったのね、という観方である。
70年代初頭から80年代半ばにかけてのロマンポルノの時代はちょうど青年期と重なる。どこかの高校の文化祭で上映しようとして学校当局に電源を切られたとか、同級生が年齢を偽って観てきたとか・・・・・
その頃、ロマンポルノにロマンはあるか?などといっぱしの口をきいていた悪ガキ(高校生)もいた。
日活100年と聞いて、少々の追憶の披露というわけだ。
よく言われることだが、映画館のあの暗闇の心地よさ。
実演公演と違って、客席に黙って身を委ねているだけでいい。
演者とコミュニケーションを取らなくちゃとか、反応しなくちゃなどと気を使う必要もないし。
シネマコンプレックスの小奇麗さもそれはそれでよいが、従来の映画館やいわゆるミニ・シアターも捨てがたいと思う。 まぁ、あまり足を運ぶわけではないから、したり顔もできないけれど。
このあたりの話について味わい深い本
「ミニシアター巡礼」 代島治彦・著 大月書店 2011年9月・刊
現在の「日活」のサイト
ことわっておきますが、わたしは「日活」の回し者ではありません。
しいて言えば、映画の歴史はたかだか百年余くらいのものだと言いたかったのです。