クラニオ 練習会にて。自分の可能性&別離の記憶 | tomのブログ

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日常のことを綴ってます。
独り言のような。

7月7日七夕の日に、クラニオ練習会に参加してきた。

 

初めまして、の方々と♪

そして、驚きの再開も♪

5年前にモジュール1を一緒に受けた方が居た☆

 

 

練習会は自分の触れたいところ、学びたいポジションなどを練習できる。

私はお相手の身体の上に手を添えるのが苦手あせる

どうも力が入ってしまうし、自分の呼吸で揺れてる感じがして。。。

 

まぁ自分のことはさておき。。。w

 

自分が受けた時の衝撃の体験から音譜

 

ペアの方はモジュール9まで進んでいる方で、

内臓ワークをやりたいと。

 

私は自分の氣になる箇所を伝え、ワークが進んでいく。

 

膵臓あたりを触れてもらって、ゆるんだな〜というのと、

気になっていたことを話したり。

後頭骨に触れてもらった時に、今まで感じたことのない、不思議な感覚にキョロキョロ


相手の上半身くらいまで自分の感覚のようになり、

相手の手首〜肩あたりが、窮屈そうに感じたびっくり

「窮屈じゃないですか?」と相手に伝えると、

「もう少し近づいてほしいかも」と。

少し近づくと、お互いに窮屈さが無くなった‼びっくり


アシスタントさんが感じていたのはこういうことか?!


その相手との一体感を感じた後にふと

「あ〜私は昔、自分の身体の外側と一体である・自分のことのように感じるということを止めたんだな。あと、分離した記憶があるな」「それは出産のときかも」と。


胎児のいる袋の中の一番近い膜は胎児自身の組織からつくられてると聞いたことがある。

(それを知った時は衝撃だったびっくり知らなかったから

 母の子宮の内側に自分が浮かんでいると思っていた。

 まさか自分で作った膜の中に居るとは)

だから出産のときには母と離れるというのもそうだけど、自分の一部とも別れてきている 。

その分離は、誰もが経験していることだけれど、

覚えている人は少ないのだと思う。

私も覚えていたわけではないし、知識として知ったから

そう思うに至ったのか、分からない。

ただ、そのときはそう感じた。


一体だったところから分離したというのを認識したら、

思わず涙がうっすら浮かぶ。

すごく悲しいわけではないんだけど、じんわりと切ない感じ。


そして、

「あ〜そうか、自分の身体より外側までが自分の組織だったことがあるのだから、自分の身体より外側のことを感じ取れるのも特別なことではないんだな」と。


そう感じたら、自分という存在の感覚が、自分の今の身体よりも外側へ広がった感じがした。

狭い身体に閉じこもっていないで、広々とのびのびとおねがい

柔らかく健やかに✨

自分の身体の数m先まで自分のような。


不思議体験✨


クラニオがもっと好きなるラブ


こんなに繊細に自分のことも相手のことも感じることができる、それでいて、介入せず、自分のペースで進んでいける。放置ではなく、ともに居てくれる見届けてくれる安心感。変化するもしないも自分の身体が安全安心に運んでくれる。自分の身体に意識が向く、自分の存在に意識が向く。

それでいて、深い休息を感じたり、骨や膜がいい感じになったり、治癒に向かうようなところまで。

それはもう自分の身体が選ぶこと。

それを信じて、私は見させてもらうだけ。

私ができることは、ともにその場に居て、

その方が選ぶ・起こす神秘を静かに見守らせてもらうのだ。

ともに見させてもらえる・感じられるということが、こんなにも楽しくて幸せで、相手にとっても深いところまで変化が起きたり、いろんなことに繋がっていく、最高だな〜


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