「覚悟はいいか?オレはできてる」



ジョジョの奇妙な冒険 第6部「黄金の風」

の中でブチャラティが発した名言です。


ジョジョ読んでない方にはアレですが、、一応説明すると、準主役級のキャラ、ブチャラティ率いるギャングの小チームがボスの命令を果たす途中で戦ってて、

 任務達成か仲間の命か、両立できないピンチに追い込んでやったぜどちらを守りたいか選べ!

と敵から凄まれた際に、彼が「両方」やる、その為には自分の身を犠牲にすることも厭わない って言うシーンです。


ブチャラティ、カッコ良いですよね。

私が思うカッコ良さは、何より、このセリフを気負うでもなく冷静に言い切るところ。その場の勢いとかやけくそではなくて、普段から本当に大事なことの為には全てをかけるって覚悟がしっかりとできていてこそだな、と思うんですよね。

(ちなみにブチャラティの設定年齢は20歳びっくり



なんでここでこんな話をしだしたかというと、、、


何もする気が起きなかったり、悲しさに沈んでる時、ぼーっと昔のマンガをアプリで読み返して気を紛らわせたりするんですが、それでこのセリフのシーンに行き当たって、色々考えることがあったわけです。

勿論、どう逆立ちしてもこんな腹の据わった境地は無理なんですが。



あの事が起こる前のころに、

極端な例えですけど、息子と2人でいてテロリストとかに捕まって見せしめにどっちかの命を取る!って言われたら、それは迷うことなく自分にしてくれって言えたでしょう。

(親として普通に子供を守りたい行動、、と言うだけでなく、元々自分がそこまで自分の命とか執着してないってのもある気がします。そんな所がまた、知らずに息子に引き継がれてしまってたのかもですが、、)


そして今となっては、もし息子を戻してやる、その代わりお前の寿命を貰うなんて言われたら、そりゃーもうどっかの居酒屋みたいに「よろこんで!」って応えますねよ。ついでにお金がいるなら、何でもあるだけおつけします、ってね。

それは多分ここにいる方々は大体、同じようなもんだと思います。

勿論、息子本人がそれを受けてくれるかは、また別な話なんですけどね、、、



でもここで思うことがまたいくつかあって。


息子がいた時、日頃からどのくらい自分のことを差し置いて息子をちゃんと見てたか、何よりもそこにエネルギーを使ってたか、ってなると、自分はそうでもない。自分のことにかまけてたり、何か行動した方が良いのかなと思いながら躊躇って気が進まなかったりもあった。

だから、ある瞬間に目立った行動をするより、日頃からたゆまずにいるってことのほうが、はるかに難しいことなんだなあと、振り返っても思います。

(ちなみに、ブチャラティは常在戦場で、常に緩みなく自分の仕事も部下のケアも全力でしていたでしょう。そこも彼が慕われる所、凄いところです。どう考えても長生きしなさそうだけど、、)


勿論、子供や家族が大事と言ってその気があったとしても、普通の人間の日頃の行動はそんな完璧ではないと思います。だから他の方の話を見ると、それは仕方なかったのでは、できることを精一杯やられていたのでは、、と感じたりもするわけです。

でもその一方で自分にとっては、自分自身に対しては、あの時の見過ごしや、それ以前に適切でなかったであろう言動について、やっぱり仕方なかったでは済ませられない。他の誰が赦しても自分は自分を赦す気になれないのだ、、、と思います、今は。自責ってそういものなのだと思います。

そう考えてしまうのが正しいとは言わないし、家族に向けては基本そういう責める思考回路にならないようにしようと思っているわけで、一貫していないよなという認識もあるのですが。今はその後悔、自責はやめられない。

いつか気持が変わる時もあるのかもしれませんが、、



もう一つ思うのは、これからの自分にとっては。

と言う事です。


辛くて悲しいけど、この人生は全うさせるしかない。

ゴールまで、息子のことを想いながら、降りずに歩んでいくしかない。

生きていくのは、普通の人にとっては考えるまでもないことだけど、息子のいる世界に早く追いかけて行ってしまいたい、、、と言うのが正直な所である中で、いやいやそれはだめよね。と言うのは、私にとっては「それはもう決めたことだから」守らないと、とする必要があった。

それを覚悟とは普通は言わないだろうけど、私にとってはその意思を保つのは、そういうことでした。


これが自分の中での覚悟ステージ1.0。

(それでも何度でも日々消えたい的な気持が起こるので、、だからこそ、決めたこと覚悟したことなのだ、と思い出すのが、私には必要なのです。

そこになんの淀みも無く腹が据わったわけではない)



加えて、では、その先の生き方は?


私の家族は、私に比べればずっと、あの子のためにも前向きに有意義に生きていこうよ派です。

それは良いことだと思うし、家族がそうであってくれて正直言って心底有難い。


でも、私は上記以外にも色々思う所があって、それも相まって、未だ到底そのモードにはなれないです。というかなる気になってない。

でも、家族の足も引っ張りたくない。それに合わせられない自分もそれはそれで何か申し訳ない。

だから、その前ではすごく前向きでないまでも、あからさまに絶望に満ちた佇まいとかは控えるよう努力はするようになってきました。なので、ここにいる多くの方々が書いているように、私も家族に本当の所は見せられない。

その矛盾を抱えていること、先述のように家族と自分への態度が違うのも、我ながらどうなんだろうと消化ができていないのも辛いと言えば辛い。

それでも、そのスタイルで、この先の人生をやって行く。

これが、私にとっての覚悟ステージ1.1だと思ってます。1年以上が過ぎたところで、ようやくそこまでは気を配れるようになったようです。



この先に、覚悟ステージ2なのか、、、

残された自分のいのちを、自分のためにでも他者のためにでももっとちゃんと使おう。

そう思えるようになるのか、そうなりたいのか、今はまだわからないです。


そもそもその手前で、この現実を受け入れるどころか、事実を事実としてしっかり認識して受け止めることも、未だに十分にできていない、脳も心も拒否してしまっているなあ。その時は来るのだろうか。

とすら思うのです。

でも、このままとも限らない。



だから、誰かに冒頭のセリフを言われたら、

「うーん、、、今はまだまだ途中滝汗

と答えますね。