閉会式の画像が沢山配信されていますのでお借りしながら振り返ってみたいと思います。
台風の影響でオリンピックどころじゃない地域の方が多いと思います。
被害に遭われた方、お見舞い申し上げます。
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次は東京、世界にアピール リオ五輪が閉幕
閉会式に臨むレスリングの(手前左から)土性沙羅、登坂絵莉、吉田沙保里、川井梨紗子、渡利璃穏 =21日午後8時59分、マラカナン競技場(代表撮影)
閉会式に臨むバドミントン女子ダブルスで金メダルを獲得した松友美佐紀(手前右)と
シングルスの山口茜 =21日午後8時50分、マラカナン競技場(代表撮影)
リオ五輪閉会式 五輪旗が東京に引き継がれる
五輪旗を持つ東京都の小池百合子知事=21日、リオデジャネイロ(共同)
2020年東京五輪のパフォーマンス=21日、マラカナン競技場(撮影・甘利慈)
閉会式でグラウンドに映し出された日の丸=21日、リオデジャネイロ(共同)
リオデジャネイロオリンピックの閉会式が行われ、次の開催都市の東京都にオリンピックの旗が引き継がれて南米で初めて開かれた17日間の大会が幕を閉じました。
閉会式は21日夜、開会式と同じく世界最大規模のサッカー専用スタジアム、マラカナンスタジアムで「喜び」と「祝福」を主なテーマに、雨の中、華やかに行われました。
各国の旗手だけがまずそろって入場し、日本は開会式に続いて陸上・10種競技の右代啓祐選手が旗手を務めました。次の開催国である日本の選手団は各国の最後に入場し、主将の吉田沙保里選手などおよそ160人の選手がブラジルと日本の小旗を振りながら笑顔を見せていました。
式では最新の映像技術とともに歌やダンスなどでブラジルの文化や歴史が紹介され、次の開催都市にオリンピックの旗を引き継ぐ「フラッグハンドオーバーセレモニー」も行われました。
この中では、リオデジャネイロ市のパエス市長から着物姿の東京都の小池知事にオリンピックの旗が渡され、安倍総理大臣も登場して東京大会をアピールするプレゼンテーションが行われました。
最後にIOC=国際オリンピック委員会のバッハ会長が閉会を宣言して聖火が消されました。17日間にわたる南米初のオリンピックは幕を閉じ、今後は4年後の東京大会に世界の注目が集まります。小池知事「責任の重さずしっと」
東京都の小池知事は閉会式に出席し大会の旗を受け取ったあと、現地でNHKの番組に出演し、「旗自体は重たくなかったが、その責任の重さはずしっとくるものがあった」と述べました。
また、ブラジル滞在中に行った競技会場などの視察について「リオデジャネイロの会場は工夫もあったが課題もあり、東京も学ぶところは多かったと思う。東京大会はリオデジャネイロと違う文化で、大都市で行うことになる。会場の問題などまだまだ課題はあるが、アスリートの皆さんの一人一人の頑張りがあってこその大会なので、『アスリートファースト』を絶対忘れてはいけない」と述べました。その上で「現地では、IOCの理事からも『東京が楽しみだ』と声をかけられた。今後は、この期待を4年間かけてどんどん上げていく努力をしたい。日本・東京のメッセージを世界中に伝え、環境面でもすばらしいオリンピック・パラリンピックにしていきたい」と述べました。官房長官 「東京に向けて最高のスタート」
菅官房長官は記者会見で「今回の大会では過去最高であった前回の大会を上回り最も多いメダルの数となった。選手の頑張る姿は、夢に向かって努力することや最後まで諦めないことの大切さを国民に教えてくれたのではないか。日本選手団の活躍は、まさに最高の盛り上がりであり2020年の東京大会に向けて最高のスタートを切ることができたのではないか」と述べました。
また菅官房長官は、安倍総理大臣が閉会式にゲームのキャラクターにふんして登場したことについて、「2020年の東京大会を世界に広報するため、組織委員会からの出演要請を受けて協力したものだ」と述べました。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160822/k10010647111000.html …
五輪閉会式 安倍首相マリオ姿で東京アピール
安倍総理大臣はリオデジャネイロオリンピックの閉会式に出席し、ゲームのキャラクターにみずからふんして登場するなど4年後の東京大会をアピールしました。安倍総理大臣は記者団に対し「アスリートが最高のコンディションで臨める大会にしたい」と述べ、東京大会の成功に向け準備に万全を期す考えを強調しました。
安倍総理大臣は日本時間の22日午前、リオデジャネイロオリンピックの閉会式に出席しました。この中で安倍総理大臣は人気ゲームのキャラクター「マリオ」にみずからふんして4年後の開催都市・東京を紹介する場面に登場し、サプライズの演出で大会をアピールしました。
閉会式への出席を終えた安倍総理大臣は、記者団に対し大会を振り返って「日本の選手たちは、本当に輝いていた。朝起きるとメダルで、なかなか寝ていられないという感動の日々が続いた。自分の描いた結果が出なかった選手もいたと思うが、世界の大きなひのき舞台に日本を代表して立ったすべての選手たちをたたえたい」と述べました。その上で、安倍総理大臣は「4年後は、私たちが感動を提供する番になる。アスリートの皆さんが最高のコンディションで臨める大会にして、感動を日本から世界に発信する大会にしていきたい」と述べました。
また安倍総理大臣は、記者団が「総理大臣として4年後の東京大会を迎えたいか」と質問したのに対し「どんな立場であってもオリンピックの成功に汗を流したい」と述べました。
これに先立って安倍総理大臣は、リオデジャネイロ在住の日系人らとの交流会に参加し、困難を乗り越えてブラジルの発展に貢献してきたことに敬意を表した上で「皆様から誇りに思って頂ける日本であるよう、今後も力を尽くしたい」と述べました。安倍総理大臣は22日午後、一連の日程を終えて帰国の途につきます。http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160822/k10010647251000.html …
リオ五輪閉会式 東京大会のプレゼンテーションが話題に
リオデジャネイロオリンピックの閉会式で次回の東京大会をアピールしたプレゼンテーションについて、海外メディアは「印象的だった」などと伝えた一方、開催に向けた課題があることも指摘しています。
次回の東京大会をアピールしたプレゼンテーションは、安倍総理大臣がゲームのキャラクターの「マリオ」にふんして登場して締めくくりました。
この演出について、アメリカのCNNテレビは「マリオの格好をした安倍総理大臣の登場は、閉会式の話題をさらいそうになった」と伝えました。
また、イギリスの公共放送BBCは「東京の印象的なショーが閉会式のハイライトだった」と報じました。このほか、ツイッター上には「これまで日本に行きたいと思ったことはなかったけれど、この演出を見て次のオリンピックの開会式に絶対行きたいと思った」とか、「4年後が待ち遠しい」などという英語での投稿が相次いでいます。
一方、BBCは会場となる東京について、外国人にとっては電車の路線が複雑でわかりにくいことや、英語があまり通じないことなどが課題だと伝えたほか、開催経費が当初よりも膨らみ、これまでで最も費用のかかるオリンピックになるだろうと指摘しました。
◇音楽の監修は椎名林檎さんと紹介されましたね。『君が代』を聞いたときにもしかしたらと思いました。彼女の摩訶不思議なワールドが漂っていました。
椎名林檎、リオ閉会式で引継ぎ式の音楽監修 東京五輪は「衝撃的な出来事」 思い語る
The Huffington Post | 執筆者: ハフポスト日本版編集部
リオデジャネイロ・オリンピック最終日の8月21日(現地時間)、マラカナン競技場で行われた閉会式の2020年東京オリンピック・パラリンピックへの「フラッグ・ハンドオーバー・セレモニー」でのパフォーマンスは、音楽家の椎名林檎さんが音楽監修を務めるなど、日本のポップカルチャーを先導するクリエイターたちの夢の競演となった。
東京五輪のエンブレムなどが現れたパフォーマンスのフィナーレで使用された曲は、椎名林檎さんのアルバム「毒苺」などに収録されている「望遠鏡の外の景色」。これは、2012年に初演され、2015年にはパリの国立シャイヨー劇場でも公演が行われた俳優・劇作家の野田秀樹さんの舞台「エッグ」のために書き下ろされた楽曲。「エッグ」は20世紀に大衆を熱狂させた「スポーツと音楽」、そして戦争をテーマに、架空の競技「エッグ」に情熱を注ぎ、オリンピック出場を夢見るアスリートや女性シンガーソングライターを通じて批評的に社会を描いたものだった。
閉会式後にNHKで放送された椎名さんは、「体操なんかはすごく楽しみです。4年に1回でなかなか頻度も多くないですし、それを目の当たりにできることは、それぞれの人生に揺さぶりをかけてくる衝撃の出来事ですよね」と東京五輪への期待を語った。
さらに、子供たちに東京五輪が与える影響について「今打ち込んでいること、繰り返し鍛錬していることっていうのは、どうしたらどのような形で実を結ぶのかというのがイメージができるのは夢がある。世界がどうなっても変わらない価値を持ち続ける子供たちが、ずっとバトンを渡していってくれるように環境は整えないといけない。それは大人の義務。(五輪開催は)子供にとってすごく健全な心身に、健やかな大きな働きがありますよね。楽しみです」と話した。
…以下省略…
http://www.huffingtonpost.jp/2016/08/21/ringo-shiina_n_11647470.html?utm_hp_ref=japan-rio2016
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気になっていながら、なかなか「シンクロ」のことがまとめられませんでした。
団体の決勝は見逃し映像も含めて映像でお茶の間観戦ができましたので、ニュース記事と画像でまとめておこうと思います。
シンクロもロシアの選手の体つきと日本選手の体つきがあまりに違うので
驚いてしまいます。
どんな、練習をすればあんなスリムですらりとした足のままでいられるのでしょうか?
日本選手の体型はまさにアスリート体型で鍛え上げた!!感が満載の動き。音楽との同調性もあって躍動感に溢れていました。でも、ロシアの演技を見てしまうと、やっぱり引き込まれるのはロシアの演技…。
芸術的というのでしょうか??あの手足の使い方や見せ方はまさにロシアンバレエで魅せる
演技そのもののような気がしてしまった。この競技がオリンピックに登場した時はアメリカ・カナダが2トップでしたけれど、今はロシアやらヨーロピアン芸術が主流なのですね…。
中国は、井村さんの遺産と雑技団の伝統かな??
これからの日本は何を目指していくのでしょうね?
井村さんが東京までは続投のようです…後継者が育っているといいのですが(立花さんがコーチに入っていたからそこも期待しています。)東京では1ランクアップ出来たらいいなと思います。
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シンクロ “地獄”の先に待っていたメダル
かつて日本のお家芸の一つだったシンクロナイズドスイミング。メダルゼロに終わったロンドン大会から巻き返すために日本代表に戻った井村雅代監督のもと、銅メダル2つを獲得しました。日本シンクロ復活の背景には、井村監督の厳しい練習がありましたが、その厳しさとは。
演技のあとに出た言葉は
「毎日が地獄のようで大丈夫かなと思った時もあった」。三井梨紗子選手がデュエットの表彰式で銅メダルを手にした直後に話した言葉です。大きな目標を達成した晴れの場で、“地獄”とは、一見、ふさわしくない言葉に聞こえますが、取材してきた私には納得できました。
“地獄”の2週間
“地獄”が凝縮されていたのは、オリンピックに向けた仕上げをおよそ2週間にわたって行った6月のグアム合宿でした。日の出前、空が薄いピンク色に染まりはじめた午前5時40分。選手たちが次々とプールに飛び込み、長い1日が始まります。プールの練習は1日3回、さらに筋力トレーニングと振り付けの練習、夕食後の練習映像のチェックまで、トレーニングは12時間に及びました。最も過酷なのは、泳力を養うためにクロールをひたすら泳ぐ練習でした。
50メートルを短い間隔で10回続けて泳ぎ、設定タイムを1人でもクリアしなければ全員がもう1回泳がなければならず、終盤には選手たちの声にならない悲鳴が響いて、見ている私たちが息苦しくなりました。この厳しいトレーニングの合間には圧倒的なボリュームの食事で追い打ちをかけます。ステーキ、鍋、海鮮の炒め物から食後のケーキまで、うらやましいばかりの豪華メニューが並びましたが、選手たちは、練習に耐えるエネルギーを蓄えるため、出された料理は残さずに食べることがノルマでした。私たち取材陣も炎天下のプールサイドに立ち続ける体力勝負の合宿でしたが、井村監督の指導は国内での練習でも同じような厳しさで続きました。
結果が伴う教えに信頼感
井村監督のいわゆる「スパルタ式」の厳しい指導はシンクロ界で広く知られています。日本代表の候補に選ばれた選手の中には井村監督の厳しい練習を恐れ、「体力面に不安がある」と辞退した選手もいたほどです。チームの中には「最初は、井村先生の言うことがわからないことが多かった」とこぼした選手もいました。それでも、厳しい指導についていった選手たちは、去年の世界選手権で表彰台を経験。日本にとって4大会ぶり、今の選手たちにとっては初めての表彰台で、結果が伴う井村監督の教えに選手たちの信頼感は高まっていきました。
失敗するわけがない
その厳しい練習を経て臨んだオリンピックの舞台。井村監督は今度は一転、「すべてを出し切りなさい」、「楽しんできなさい」、「私の指導歴の中でも今までで1番ハードな練習を課したのだから、たった1回の演技で失敗するわけはない」と、演技の前に優しく励まして選手たちを送り出しました。選手たちは”地獄”を乗り越えてきた自信でオリンピック独特の緊張感にも打ち勝ち、持てる力を出し切って2つのメダルを手にしたのです。
すべての演技を終えた後、井村監督は「選手たちは、私が教え始めた2年前は、シンクロを好きでやっているだけだったが、今は、世界で戦うアスリートになった」と選手の成長を喜びました
色の違うメダルを目指して
演技後、得点が出たときに喜びを爆発させた選手たち。その歓喜と手にしたメダルは”地獄”の先にあったことを知りました。井村監督は4年後の東京オリンピックに向けては、「今度は違う色のメダルを目指さないといけない。スポーツは常に上を目指すものだ」と話しました。そのメッセージを受け取った選手たちが4年後の東京でどのような花を咲かせるのか、注目したいと思います。
スポーツニュース部 今井 美佐子 記者
シンクロ チームで日本が銅メダル
リオデジャネイロオリンピックのシンクロナイズドスイミングは19日、チームのフリールーティンが行われ、日本はこの種目で3大会ぶりのメダルとなる銅メダルを獲得しました。
シンクロナイズドスイミングの8人で演技するチームには8チームが出場し、規定要素を含むテクニカルルーティンと自由演技のフリールーティンの合計得点で争われます。
テクニカルルーティンで3位につけた日本は、19日のフリールーティンで最後の8番目に登場し、日本の神話に登場する天照大神(あまてらすおおみかみ)をイメージして創作された曲に合わせた演技を披露しました。日本の8人は、6つのリフトを成功させたほか、終盤の速い足技でも息の合った演技を見せて、同調性や技の難易度などが評価され、95.4333とフリールーティンで3位の得点をマークしました。
この結果、テクニカルルーティンとの合計が189.2056となってライバルのウクライナを上回り、銅メダルを獲得しました。日本がこの種目でメダルを獲得するのは、2004年のアテネ大会の銀メダル以来、3大会ぶりです。
シンクロナイズドスイミングで日本は、前回のロンドン大会では初めてメダルなしに終わりましたが、今大会は、デュエットの銅メダルに続き、2つ目のメダル獲得です。
1位のロシアの演技=リオデジャネイロのマリア・レンク水泳センターで2016年8月18日、梅村直承撮影
金メダルは合計で196.1439の高得点をマークしたロシアがこの種目で5連覇を達成しました。
2位の中国の演技=リオデジャネイロのマリア・レンク水泳センターで2016年8月18日、梅村直承撮影
銀メダルは192.9841の中国でした。
キャプテンの乾選手「ほっとした」
シンクロナイズドスイミングのチームで銅メダルを獲得した控えのメンバーを含む日本の選手9人は表彰式のあと、それぞれに思いを語りました。
デュエットとチームで2つの銅メダルを手にしたキャプテンの乾友紀子選手は「もう1度日の丸を見ることができ、ほっとした。全員でメダルを取って表彰台に上りたかった。一度逃したメダルを取り戻すのは大変なことだが、その取り戻す時に自分が泳げて幸せに思う」と話していました。
そして改めて井村雅代監督に対し、「小さいころに井村先生が日本を指導し、メダルを獲得しているのをテレビで見てシンクロを始めた。その先生と一緒に戦ってメダルを取れてすごくうれしい」と感謝を口にしました。
チームの演技の見せ場となるリフトで空中に跳ぶジャンパーを務めた中村麻衣選手は「今までやってきたことをすべて出し、ちゃんと跳ぶことができた。1発にかけることは怖かったが、今までの練習があったから力を出せたと思う」と時折、声を震わせながら話していました。
また、チーム一の長身、1メートル76センチの箱山愛香選手は「メダルが欲しくて欲しくてずっと練習してきた。たくさんの方に支えてもらって取れたメダルなので、感謝の気持ちでいっぱいだ」と笑顔で話していました。
井村監督「世界で戦うアスリートになった」
シンクロナイズドスイミングで、デュエットに続きチームでも日本に銅メダルをもたらした井村雅代監督は「この2年間、選手たちを強引に引っ張ってきたので、責任を果たせたと思う。私の指導歴のなかでも、今までで1番ハードな練習を課してきたのだから、『たった1回の演技で失敗するわけはない、すべての力を出してきなさい』と言って送り出した。選手たちは2年前に私が復帰した時はシンクロを好きでやっているだけだったが、今は世界で戦うアスリートになった。精神的に成長した」と選手たちをたたえました。
また、日本がメダル2つを2大会ぶりに奪還したことについて「チームでもメダルを取ったことはシンクロを志している選手にとって励みになると思うし、新たに始める選手が増えたらうれしい」としたうえで、4年後の東京大会に向け、「今度は違う色のメダルを目指さないといけない。スポーツは常に上を目指すものだ」とさらなる奮起を促しました。
乾選手の地元では親戚などが応援
リオデジャネイロオリンピック、シンクロナイズドスイミングのチームで銅メダルを獲得した日本のキャプテン、乾友紀子選手の出身地、滋賀県近江八幡市では、親戚や地元の人たちがメダルの獲得を喜び合いました。
乾選手の出身地、滋賀県近江八幡市では地元の公民館に大型スクリーンが設けられ、親戚や地元の人たち合わせておよそ150人が集まりました。
日本の8人の演技が始まると「頑張れニッポン」、「頑張れゆきちゃん」などと声援を送り、息を合わせた技が決まるたびに歓声を上げました。そして、銅メダルの獲得が決まると万歳三唱をして喜び合っていました。
乾選手の親戚の辻権司さんは「キャプテンの重責に耐えてよく頑張ってくれました。デュエットと合わせて2つのメダルがとれて夢のようです。帰ったらゆっくりと一緒に酒を飲みたいです」と涙ぐみながら話していました。
また、乾選手の実家の近くに住む45歳の男性は「乾選手を小さいころから知っているし、出発前に『団体のメダルがほしい』と話すのを聞いていたので、感無量です。帰ったら、よく頑張ったと声をかけたいです」と話していました。
順位 | 国名 | 選手名 | エクスキューション | インプレッション | エレメンツ | 減点 | 要素減点 | 合計 |
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1 | ロシア | ウラダ・チギレワ | 29.3000 | 29.3000 | 38.4106 | - | - | 97.0106 |
ナタリア・イーシェンコ | ||||||||
スベトラーナ・コレスニチェンコ | ||||||||
アレクサンドラ・パツケビッチ | ||||||||
スベトラーナ・ロマシナ | ||||||||
アーラ・シシュキナ | ||||||||
シュロチキナ | ||||||||
ゲレーナ・トピリナ | ||||||||
エレーナ・プロコフィエワ | ||||||||
2 | 中国 |
顧笑 | 28.8000 | 28.9000 | 37.9174 | - | - | 95.6174 |
咼俐 | ||||||||
黄雪辰 | ||||||||
李暁璐 | ||||||||
梁馨枰 | ||||||||
孫文雁 | ||||||||
湯夢妮 | ||||||||
尹成昕 | ||||||||
曽珍 | ||||||||
3 | 日本 |
| 28.1000 | 28.3000 | 37.3723 | - | - | 93.7723 |
乾友紀子 | ||||||||
丸茂圭衣 | ||||||||
三井梨紗子 | ||||||||
中牧佳南 | ||||||||
中村麻衣 | ||||||||
小俣夏乃 | ||||||||
吉田胡桃 | ||||||||
林愛子 | ||||||||
4 | ウクライナ |
ロリータ・アナナソワ | 28.3000 | 28.3000 | 36.8413 | - | - | 93.4413 |
オレーナ・グレチヒナ | ||||||||
ダーリャ・ユシコ | ||||||||
オレクサンドラ・サバダ | ||||||||
カテリナ・サドゥルスカ | ||||||||
アナスタシア・サフチュク | ||||||||
クセニア・シドレンコ | ||||||||
アンナ・ボロシナ | ||||||||
オルハ・ゾロタロワ | ||||||||
5 | イタリア |
Elisa Bozzo | 27.6000 | 27.5000 | 36.0142 | - | - | 91.1142 |
Beatrice Callegari | ||||||||
Camilla Cattaneo | ||||||||
フランチェスカ・デイッダ | ||||||||
コスタンツァ・フェロ | ||||||||
Manila Flamini | ||||||||
マリアンジェラ・ペルパット | ||||||||
Sara Sgarzi | ||||||||
リンダ・チェルッティ |
http://rio.yahoo-net.jp/sport/AQ/SY401W102/result
<リオ五輪:シンクロナイズドスイミング>◇19日◇チームフリールーティン(FR)
日本のFRの演技は決して完璧ではありません。真っすぐではないリフトもありましたし、スピンの回転軸がずれた選手もいた。それでも、勢いと気迫はどこの国にも負けていませんでした。TRを終え3位も4位ウクライナとは0・3310点差。選手たちのメダルへの執念が、観客、ジャッジにも伝わった結果だと思います。
大会を通じて日本の脚の強さは際立っていました。脚の長い外国勢に対抗するため、切れと伸びのある脚づくりに取り組んだのです。体脂肪を減らして肉体改造を図る。足の指で靴下をつかみながら筋トレをするなど、鉛筆の芯のような細く鋭い足先に徹底的にこだわりました。外国勢に負けない武器を備えたことは、メダルを奪還できた要因の1つです。
1日12時間は当たり前の練習。日本代表の選手たちは、全世界のどの種目の選手よりも練習してきたと思います。引っ張り上げた井村先生と、その厳しさに耐えた選手たちを心からたたえたいです。ロシア、中国の牙城は高いですが、4年後の東京大会へ、大きなステップを踏みました。(88年ソウル五輪ソロ、デュエット銅メダル)
http://rio.headlines.yahoo.co.jp/rio/hl?a=20160821-00000080-nksports-spo