「夢をあきらめないで~この道で生きると決意したら、あきらめないで、夢の実現のための困難を乗り越える強い意志とそのための努力、苦労を背負う覚悟が必要だね。自分の夢が正しければ、その一生懸命の姿に人が支えてくれます。私がそうだったから」と、これまでの人生を振り返られて、白井さんは語ります。
他者にかける言葉が「力」となって励ましになるのは、その言葉に裏打ちされた人生を背負ってきたからだろうと思います。
幼いころの高熱が原因で脳性麻痺になり、その後遺症で顔や足が思うように動かないハンディキャップを背負いながら、出版社を経営し、自社で制作した本に込められた作者の思いを、直接語り伝えたいと1年の半分近くを全国で行商される白井さんの出版社を、この3月訪ねました。
白井さんの仕事は、企画、校正、出版、営業と多岐にわたる大変な仕事です。
東京日本橋にある小さなビルの三階に、白井さんが経営される燦葉(さんよう)出版社があります。この出版社は、出版社のイメージとはほど遠い小さな一部屋で出版業界は厳しいといわれる時代のなか、スタッフ一人と二人で、37年の歴史を刻んでこられました。
社名の「燦葉」は、オリーブの葉のことで平和のシンボルとして聖書にも出てきます。
白井さんは、聞かれないと話されませんが、奥様の群馬直美さんは葉だけを描かれる葉画家(ようがか)としてご活躍をされています。奥様の著書『街路樹・葉っぱの詩』と『木の葉の美術館』(共に世界文化社)には、葉の持つ独特の世界が広がって心が癒されます。
白井さんは、生後3カ月のとき脳性麻痺という重病を背負われます。小学校の頃は、「首振り人形」と揶揄されたりで、現在も歩行は普通ではありません。
昔は、障害者は家に隠すか施設に預けられていましたが、母親のトミさんは、普通の教育を受けさせたいと、白井さんの将来を見据えた環境作りに大変な尽力をされます。
小学校の運動会で、普通に走れないことで徒競走は敬遠されていましたが、白井さんの一生懸命の姿に周囲が拍手で応援します。
そのとき「自分で出来る範囲で精一杯やっていこう」と決意されますが、その拍手が一生懸命やっていれば人が支えてくれるという言葉に繋がっています。
また、人よりもゆっくりしか走れなかったことは、恥ずかしいことではなく、周りがよく見えたと、何事もプラス思考に捉える姿勢は、お母さんの教育のたまものでした。
私が訪ね歩いた人々に共通するのは、プラス思考で生きておられることを教えられますが、心の決定者は自分自身ですから、自分の人生を前向きに生きることが大切で、関わる人にも勇気、感動を与えます。
ミッション系の高校、大学で学ばれた教育が白井さんの根幹を作っていきます。
卒業後書店に勤められますが、「自分の手で本を出して、作者の意図を語り伝えたい」という思いで、25歳の時に最初は高円寺に四畳半の部屋に電話一本を設置して燦葉出版社を設立されます。
記念すべき最初の一冊は、「白地図 聖書科ノート」(改訂版は「聖書ノート)は、中学、高校で高い評価を受け、会社の経営基盤となっています。その時は、北海道から鹿児島までを半年かけて行商されました。
「続けると本物になる、本物は続ける」教育者東井義雄先生の言葉ですが、今日のように、本を買って読むという感覚が薄れてきている時代に、出版社が経営を維持するためには、その苦労は計り知れないものではと想像されます。
ノーベル平和賞を受賞されたマザー・テレサから、障害を背負いながら出版社経営とは偉大な存在と絶賛されたことを支えにされています。
3年前までの本の行商は、公共交通機関を利用してリュックに詰めた本を歩いて売り歩くという考えられないような販売方法でした。
白井さんの経営哲学は「売れる本」よりは「読んで欲しい本」の出版、当然、「売れる本」を意識した出版ではなく店頭での販売は期待できず、毎年、4カ月ほどリュックに入る限りの本を詰めて自ら売り歩くという希有な人です。
書店の店頭で、バナナの叩き売りのようにすぐに消えそうな本が山積みされている風景が好きでないからと、この業界で生き抜く哲学に畏敬の念を覚えます。
限られたリュックサックに詰まる冊数からの転換を計られ、2年前、荷台付き三輪車を特注され、ジムで体力を鍛えて、北海道から鹿児島まで自転車を漕いでの本の産地直送を続けられ、この時期も日本列島のどこかで行商されています。
「本作りは真心を込めて」と一冊への思いは強い。だからこそ、その本の執筆者の意図を伝えられるとはなされます。
販売で奔走しても、本はなかなか売れません。ある時は札幌市内を4日間回り、販売は僅か7冊だった時
も、それでも、その土地の人との出会いに感謝されます。
何事もプラス思考、その瞬間に交わした言葉が、自分の知らない世界だったりして、販売の旅で味わう四
季の風情と、手元から離れた7冊が求めた人の人生に関わる嬉しさが心地よいのだと暗さがありません。
毎年の出版冊数は二桁には届かない。本のイメージが全て頭に入っていて、作者の思いを間違いなく伝え
られる。だから、作者の意図を伝えられる。
本は人と人で作るもので、この本にどんな気持ちを込めて作ったかを購入する人に直接伝えたいと、その
根底にある姿勢は、大きな出版社にはない人間の温かさが感じられます。
「目的地までに誰よりも先に着く事が、一番または優秀と評価する今日の社会、そういうふうに思いこんでいる人が実に多いと観じます。目的地には着くことで良いのですから、道々楽しむこと、道草をしながら歩いていくことの方が、確実にすばらしい体験に出逢えると思います。この道草、寄り道が人生において大切なことと思って生きています」と、『ただひとりの人間として~燦葉出版社30年史』(燦葉出版社)のあとがきで述べられています。
創業して、今年で38年目に入ります。出版した本はキリスト教や福祉に関わる本を中心に、まもなく400冊に及ぶ。書店への販売経路も保ちながらも、行商での販売を楽しまれる。そこで生じる人との関わりが、白井さんにとってはたまらないという。
そして、「人との出会いと関係なくして人間は人生を歩んでいけるはずはないと思います。どうせ歩むんでしたら、皆と元気に助け合い、いたわり合って、お互いの違いを認め合った人生を過ごして行きたいと思います」と結ばれています。
自分の今をすべてを受け入れながら、自分のあるがままに生きる。しかも前向きに取り組まれて人生を味わうように生きる姿に拍手を送りたいと思いました。
理学療法士、作業療法士を志した皆さんも、白井さんの言葉を胸に刻んでいただきたくて紹介いたしました。