嬉しいご報告。 | アトムとセブンとPOO PEACE       

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トイプードル・アトムとセブンのこと、POO PEACEのこと、          
石垣島生活→沖縄本島生活→石垣島生活の日々のことを綴っています。          

1月4日に、アトム兄の秋田の元同僚の Oさんから、
とってもとっても嬉しいご報告のお電話がありました。

Oさんは、アトム兄より15歳くらい先輩ですが、
一緒にランチしたり、いつもとても仲良くしてくださり、

ご法事などで、年に数回会う私にも、いつもとても優しく接してくださり、
私の中でも、とてもステキな人生の先輩と感じていました。


そんな Oさんが、数年前から体調を崩されたというお話を聞いていて、
2012年5月に秋田に帰省した際に、アトム兄が連絡をしてみたら、
体調は悪いけれど、是非ともアトム兄に会いたい!ということで、
秋田駅前で再会することになりました。
(全てはここから始まったと、私は思っています。Oさんの行動力に感謝!)


アトム兄は、Oさんが動くのも大変と聞いていたので、
今回の帰省で Oさんに、お会いできないだろうと思っていて、
まったく準備をしていなかったので、急遽、地元のショップで、
ヒマラヤの水晶のポイントを買って、浄化し、エネルギーを入れて、
肌身離さず(ポケットの中に入れて)持っていて!とOさんに渡しました。



そして、沖縄に戻ってきて、Oさんに、
パワーストーンブレスレットを制作してプレゼントしました。


それから、この1月4日の嬉しい嬉しいお電話に繋がるのですが、


『 余命も宣告されていて、自分でももうだめだ。と思っていたけれど、
プレゼントされたパワーストーンブレスレットを、
肌身離さず持ち歩いてから、少しずつ体調が良くなってきたのを感じた。』


『 ずっと寝たきりで、病院の往復のみの外出だったのだけど、
今では、起き上がって、普通に生活できるようになりました。』


『 白血病も完全に良くなり、
自分自身も、病院の先生もビックリしていたけれど、
もらったパワーストーンブレスレットのおかげで元気になれました。
本当に感謝しています。ありがとうございます。』


『 自分も何かのお役に立たせてもらいたいので、
名前を公表してもかまわないので、このことを伝えて欲しい。』


というお話でした。


このお話を聞いて、もう嬉しすぎて、嬉しすぎて、車の中で、
良かったーーー\(^_^)/って、叫びました。



Oさん、すごいねっ!!
アトム兄もすごいじゃん!!と何度も何度も叫びました。
(写真の人が、ブレスレット制作者、アトム兄です^^)



沖縄の地から秋田に届いたパワーストーンが・・・
もっというと、気の遠くなるような長い年月を経て、
世界中の産地から違った環境下で生成されたパワーストーンが・・・

こんな神秘的な奇跡を経験させてくれました。

もう、言葉では説明できない宇宙のパワーに、ただただ感謝です。



POO PEACE パワーストーンブレスレットをご購入いただいたお客様からも
たくさんの嬉しいご報告をいただいておりますが、
Oさんの公表してくださいというご好意にて、ブログに書かせていただきました。
Oさん、ありがとうございます!

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もうひとつ。勢いに乗って書いちゃいまーす。

以前も何回か、私の父の病気について書いたことがありますが、
直腸癌、肺癌、抗がん剤の影響かと思われる心筋梗塞と、
大病を全て克服してまして、今は、定期的な検診と、
血液サラサラのお薬などを飲んで生活しています。

周りの方には、すごい生命力だ!とか、
奇跡だ!!と言われています。


検診に行く度に、必ず、結果報告の電話が入るのですが、
2013年末の肺の検診で、全く癌の病巣が見当たらなかった!と
喜びの報告がありました。その時・・・

『 家に帰って来て、パワーストーンブレスレットを外したらよ、
  糸が切れて、バラバラになってしまったからよ。』と。

そのことを、アトム兄に伝えたら、
『 パワーストーンがお父さんを守ってくれて、
お役目が終わったんだよ。』

と言われ、その時、私、鳥肌が立ちました。

ホント、そうなんだよね~。
ありがとう!ありがとうございます!!


そのバラバラになったブレスレットに感謝をこめて土の中に埋めてもらいました。
そして、新しいブレスレットを依頼されました。

数年前、父にブレスレットをプレゼントした時、
昔の古い人間なので、身につけてくれるのかな?と思ったけれど、
今では、必ず身につけて、外出してくれています。



闘病中、抗がん剤の副作用で、
食べ物の味がしないのが一番つらいと言っていた父。
(食べ物の味が戻って来たときは、泣いたそうです。私も嬉し泣きしました。)


離れている私には、なんにもできなかったけど、
『 先生を信じて。そして、 春には、山菜採りに行ったり、
海で釣りをしているイメージをして。』
と、電話で言い続けました。


病になっても、お父さんはお父さんのクォリティーオブライフを大切にして、
生きる希望を持ち続けて欲しかったのです。


今では、大好きな晩酌もしてるし、
海にも、山にも、ブイブイ行けるほど、元気です。

奇跡のようなリアルな現実、全てに、感謝感謝です!!