昨日のリハビリが思いのほか体にきたようで、昨晩は結構眠ることができ、目覚めの良い朝。顔の腫れは一定のラインから引かなくなってきたが、私のメンタルが下膨れに慣れたようで、今後丸い顔で生きていくことになるならば、それもまた受け入れようかというくらいの穏やかな気分。

 

「さ、今日は抜鉤ですね」と、朝食後にチームAが登場。昨日あんなに張り切ってフライングした先生は不在で、3人の医師に取り囲まれる。

絵心がないのでわかりにくいと思うが、3人の中で一番の先輩と思われる医師Aが私の頭を保定。・・・あれ、保定って狂犬病の注射なんかで犬が動かないようにするためにする動作か・・・ゴリラの保定?・・・。まあ、とにかく医師Aによって押さえつけられた(←被害者意識の高さよ)。そして、若手の女性医師Bによって抜鉤開始。

 

痛いっ!!!

 

先輩方のブログで、抜鉤はあまり痛くないと思い込んでいたのもあり、その衝撃は計り知れない。術後にステープラー打ち込まれた時くらい痛い!あの時は、保健室で休んでいたら保健の先生が来て突然ビンタしてきてくらいの驚きだったが、今回は、その先生が「もう叩いたりしないから安心して」と言って、頭を撫でて油断させたうえでもう一発お見舞いしてきたような驚きである。

あまりの痛さに「ひぃっ!」と声にならない音をあげ、体がブルブルっと震えてしまった。

すると、医師Aの手に力がこもり、完全に保定され、創部を医師Bの方へぐっと向けられる。しかし、私の体は自分の意思に反して、武器(抜鉤の器具)を持っていない医師Aの方にぎりぎりと傾く。それを力技で戻す医師A。そこに医師Bによる「動くと余計痛くなりますよ」という無慈悲な言葉。それに再度「ひいっ!」と震えながら、自分の手が動いてしまわないように両手をがっしり組んで祈りのポーズをとる。“あぁ、祈りのポーズって、制御がきかなくなって暴れないように、自分で自分を制するために手を組むのか。なるほど。これ、両手がフリーだったら、大暴れだよな” などと不遜なことを考えながら痛みに耐えていると、3人の中で一番の若手と思われる医師Cが「頑張って!もう1/3くらい取れましたよ!!」と応援してくる。朝の穏やかな気分はとっくに消失し、言葉をオブラートに包む余裕を失った私は「はぁ!?まだ1/3なの!?!?」とタメ口でキレた。完全な八つ当たりである。しかし、医師Cは明るく無邪気な応援団として「半分くらいまできましたよ!」「あと1/3くらいですよ!」と解説付きの応援を最後まで続けてくれた。「キサマ!ナニシニココニキタノカ!?」「ヒヤカシカ!!」「マダハンブンナノカ!!」などと心の中で悪態をついたことをこの場を借りて謝罪します。あなたは、私を一喜一憂させながらもガヤ芸人としての役割をしっかりと果たしていたと思います。

 

ショッキングな抜鉤をどうにか終え、退院前のCT撮影などをこなして部屋に戻ってきた私はヘトヘトである。まだ、午前中なのに。

気力体力を消耗した私は、お昼までしばらく休もうとベッドに横たわって、抜鉤されたあたりを手でなぞってみた。

すると耳の後ろのあたりに嫌な手触りが・・・

「これ・・・ステープラー残ってないか?」

夢なんじゃないかと思って、触ったり、合わせ鏡をしてみたりして何度も確かめたが、完全に残っている。術後に浸出液が漏れて右耳の後ろに打ち込まれたステープラーが残っている

神様、私は確かに不遜だったかもしれません。何の宗教心もない私が、祈りのポーズは暴れないためのポーズだ、なんて考えて不遜だったかもしれません。そして、お医者様にタメ口でキレたことも、心の中で八つ当たりしまくったことも謝ります。でも、それはステープラーを残すほどの罪だったでしょうか。罪と罰のバランスおかしくありませんか?

 

などとしばらく現実逃避してみたものの、残っているステープラーが消滅するわけでもない。心が整うまで気づかなかったことにしてみようかとも思ったが、私、明日退院ですからね。心が整った頃には自宅にいますわ。さらに、さっき撮影したCTにはステープラーががっつり映っているだろうし、逃げ切れるものでもないよな。おかしなタイミングで気づかれて退院が遅れたら、“スピードと効率”をテーマにしてきたこの入院生活が台無しだ。

ここは穏便に、医師Bにそうっとお知らせして、そうっと残っているステープラーを抜いてもらって、大事にはせず、何てことない出来事として処理してもらうことが大事だと結論付け、医師もいるナースステーションに向かった。

 

すると、何の因果か、この病棟で一番ハキハキしており、仕事もできて声も大きく、時には患者さんを𠮟りつけることもできる元気な看護師さんが手前に立っている。ことを穏便に済ませたい私としては、この方を通すのはリスクが大きすぎると判断し、こそこそと奥を覗いて医師達のいるあたりに精いっぱいの視線を飛ばしてみた。が、ハキハキ看護師さん、仕事もできますからね、患者が不安そうにうろうろしてるのを見逃すはずがないんですよ。すぐ見つかりましたよね。「あれ、コトムさんどうしたの?」と声をかけてくれる。

私「あ、いいえ。あの抜鉤してくれた先生に用事が・・・」

看「どんな用事?」

私「いや・・・大した用事じゃないんですけど」

看「どうしたの?」

私「・・・ちょっと、ステープラーが残ってるところがあるみたいで、それを取ってもらえたらと思いまして・・・」

看「あーーーーーー!!!●△先生!!!◎×◇〇▼★▽■!!!」

と、盛大な声で先生達のいるほうに何か告げたのだが、その声の大きさとあまりのショックで看護師さんが何を言っていたのか覚えていない。

医師の方をそうっと見ると、医師AとBがピリついた顔をしてこちらをみており、また関係ない先輩医師に至ってはニヤニヤしてる人もいる。私はと言えば、強き者の後ろに隠れてチクった姑息な後輩のような立ち位置になってしまった。

 

医師Aに「すぐに行くから部屋に戻ってて!」とキレ気味に指示をされ、そそくさと部屋に戻った。その後、医師Bが一人で部屋に来て、無言のすごい空気の中で無事抜鉤を終えた。去り際に「すみませんでした」と言われ、私も反射的に「こちらこそお手間をかけてしまいすみませんでした」と謎の謝罪をした。

 

今さらですが、私、本当にそうっと伝えようと思ってたんですよ。今さらですが。