夜中、病室が騒がしくなり目覚めてしまった。ずっと頭痛があるので、夜は食後に薬をもらって飲むものの、一度起きてしまうとその後眠りにくくなる。元気になってきた証拠でもあるのだろう。
朝食後に、てんかん予防のイーケプラと、漢方を処方された。
漢方は、治打撲一方(ヂダボクイッポウ)。いかついネーミングである。
写メした後に話をしたところ、雰囲気読みの癖がある夫によってこの薬は「打撲一辺倒(ダボクイッペントウ)」と名付けられた。
顔の腫れは昨日より少しだけ引き、白目らしきものが見えるようになってきたが今日も堂々としたオタフクぶりだ。そして首の右側が内出血で変色して黄色くなっていた。腫れが引いたのではなく、腫れが上から下がってきただけのようだ。腕も、点滴の痕や採血の失敗の痕など、黄色や紫色などだいぶ彩り豊か。
ここまで黄ばんだり、紫になったり腫れたりしてれば、確かに打撲一辺倒の名に恥じない。ひたすら打撲する妻。
10:30から30分間のリハビリ。
持参した帽子を被って顔を丸くしながら(好んで丸くなろうとしているわけではないが腫れているので丸いだけである)、片足立ちしたり、軽い筋トレなど。
歩いていても気になっていたのだが、どうしても体が右側に傾く。このようにバランスが取れないのはある程度仕方がないようで、時間が解決するらしい。
その後、廊下を行ったり来たりするだけの6分間歩。体が傾かないように両足を踏ん張り、がに股でのんのんと歩く私の後ろを、療法士さんが転倒しないようについてきてくれるのだが、従者を引き連れて意気揚々と歩く女主人のようで申し訳なくなってくる。「こんな顔を腫らしてる私のようなオタフクに付き添ってくれてありがとう、私は従者が誇れるような主人になれるよう精進するよ」なんて妄想にとりつかれた6分間が終了。
450メートルほど歩いたようだ。「6分間で400メートル歩けないと外には出せないんでクリアです。良かったですね。」と言われ、患者としての自覚を取り戻す。
12:00昼食
相変わらず顎が痛くて咀嚼がつらい。デザートにバナナが半分出たのだが、これをぱくっと食べられるほど口が縦に開かない。どれだけ口が開かないかということを夫に伝え、同情を引くために動画を撮影することに。
病室で食事をとっているので声は出せないので、全部ジェスチャー。
まずバナナを口に運ぶ。そして口が開かないことを見せてから、指をワイパーのようにちっちっちと左右にふり、両肩を持ち上げ、“困っちゃう”という表情で伝える作戦である。「よし、これで行こう」と撮影開始。
バナナを口に運ぶ、そして口が開かないことを見せてから、と、ふと画面に目をやると、むくんだ指を左右に振っているオタフクがこっちを向いている。同時に「これって、ゴリラがバナナを食べるだけの戯れ動画になってないか!?数日前に手負いのメスゴリラになって気分を害していたはずなのに、無意識のうちに自分から寄せていってるな!!」と気付いてしまいふいてしまった。笑いを堪えて鼻の穴を膨らませているゴリラ感も尋常じゃない。声を出さずに笑っているので、体がぐらぐらして、バナナを握ったオタフクゴリラが画角からはみ出たり入ってきたりするのである。
もう何を伝えたかったのかわからなくなってしまった動画だが、夫は、私が顎の痛みで口が開かないことも、顔がオタフクになっていることも知っているし、せっかく撮影したのだし、と思い直し送ってみたところ、
「ニコニコして!美味しい?」
違う。そうじゃない。
その優しいコメント、もはや、動物園の飼育員の慈愛に満ちた視点だろ。妻のゴリラ化とオタフクをすんなり受け入れてくれるな、と。いくらなんでも順応性高すぎるだろう。
私は人間として退院しようと思っています。