車椅子のおじさんの小説651 | 車椅子のおじさんのブログ

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 希美女の病室に着いた裕三郎は、診てくれている看護師に希美女の様子を聞いた。
 新山さん、家内の様子はどうですか?
 ちょっと前まで熱があっても比較的にお元気でしたけど今はあまりよくないです。
 裕三郎は、希美女に話しかけた。
 希美女、呼吸が苦しいか?
 苦しいわ。さっきまでそんなに苦しくなかったのに、突然苦しくなってきたわ。
 そうか。体がだるいか?
 だるいわ。
 そうか。必ず治してあげるよ。
 看護師に体温を聞いた。
 今の体温は?
 39度です。
 39度か。ヤバいなあ。それじゃ、聴診器を取りに行きますから、家内の事をお願いします。
 わかりました。
 すぐに、戻ってきます。
 裕三郎はそう言って、自分の診察室に急いだ。
 その5分後、聴診器を首にかけた裕三郎が希美女の病室に戻ってきた。
 そして希美女が着ている前開きのパジャマを開いて、豊かな胸に聴診器を当てた。
 先生、どうですか?
 心臓の鼓動がだいぶ早いなあ。レントゲンをとらないと、確定できないけど、たぶんコロナ性の肺炎でしょう。
 それじゃ、私がすぐに、ここにポータブルのレントゲンを持ってきて、肺の写真をとりましょう。
 そうしましょう。
 新山さんはそう言って、すぐ近くのレントゲン室に行って、ポータブルのレントゲン撮影機器を持ってきて、希美女の肺の写真をとった。
 希美女の肺には、大きな白い影があった。
 その写真を見た裕三郎は、こんな1人言をブツブツと言っていた。
その時の裕三郎の1人言
 ありゃ。コロナ性の肺炎だなあ。
 希美女との約束通りに、あらゆる治療法で希美女を流してみせるぜ。
 こんな1人言を言った後に、新山さんにこんな指示をした。
 コロナ性の肺炎です。家内にききめが強い抗生物質を投与してください。
 わかりました。
 新山さんはそう言って、ナースステーションに行って、1番強いききめの抗生物質と点滴機器を病室に持ってきた。
 希美女、1番強いききめの抗生物質を点滴するよ。
 裕三郎はそう言って、その抗生物質を希美女に点滴し始めた。
 その抗生物質は本当にコロナウィルスにきくの?
 それは、医者でもわからないよ。もしもきいてきたら、呼吸の苦しさと体のだるさがだんだんよくなってきて、熱が下がってくるはずさ。
 だめだったら?
 他の治療法を試すさ。
 もっともっと生きたいから、よくなっていかないとすごく困るわ。
 熱があって、呼吸の苦しみもあって、体のだるさがあって、緊張がメチャクチャ強くなっているみたいでえらいのに、よくしゃべるね。
 たしかにえらいだけど、ゆうちゃんとおしゃべりをしたいから、気力でしゃぺっているよ。
 希美女は化け物か?普通、こんだけ症状が出ていたら無口になるぞ。
 化け物でわるかったね。おしゃべりな私が無口になったら、おしゃべりをしなくなったら、私は終わりね。
 おしゃべりは治ったら十分相手をするから、体力が消耗するから、今は無口でいろよ。
 わかったわ。
 希美女に投与された抗生物質はまったくきかなかったから、裕三郎は次々とあらゆる治療法を試してみたけど、ためだった。
 希美女は意識がもうろうしてきて、「えらいよ」とか「ゆうちゃん、私をなんとか治してくれる」としか言わなくなってきた。
 だけど、考えられる治療法を試し尽くした裕三郎は希美女に何もできなかった。
 外来の患者と入院患者を診ている間に希美女の様子を見に行った裕三郎は、医者なのに、希美女に何もしてあげられないという無力感を感じていた。
 そして希美女が熱を出して5日目の夜遅く、裕三郎が来ないように願っていた時がとうとうきてしまった。
 その日の夜は宿直当番だった裕三郎は、看護師の赤井さんからの救急連絡を受けた。
 はい、丸村院長です。
 赤井です。奥さんが大変です。
 何だって。
 とにかくすぐに、来てください。
 わかりました。すぐに、行きます。
 赤井さんからの電話を切った裕三郎は、院長室から出て、希美女の病室に向かった。
 病室に着いた裕三郎は、すっかりぐったりした希美女を見た。
 裕三郎は、そんな希美女に声をこうかけた。
 希美女、大丈夫?
 希美女は、消えそうな小さい声でこう言った。
 私、もうだめみたいわ。
 希美女の枕元でそれを聞いた裕三郎は、大粒の涙を流しながら、こう言った。