志ん朝、枝雀、小林賢太郎 | 基本、ビーズ織りnote

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【箱は笑いで満たされた。】
改題

「よってたかって古今亭志ん朝」を読んだ。


わいわいと集まった弟子たちが昔話に花を咲かせると言った本。


志ん朝の落語のことを読みたかったのでちょっと違った感。



落語に詳しいわけではないせいか、江戸落語は志ん朝じゃないと聞く気がしない。


生きている当時は外車やCMやドラマなど派手なイメージがあり


嫌味なボンボンくらいに思い、聞かなかったのが非常に悔やまれる。


三木助が自殺した時に


志ん朝が同じく大看板の父親を持つ苦悩を共感していたの印象に残っている。


思えば、その同じ年に志ん朝も63才の若さで亡くなってしまうのだが・・・。


志ん朝は、話が巧いのはもちろん、色気はあるし、粋だし、枕も面白い。


不世出の落語家だと思う。


兄の馬生の法事で酔いが醒めないまま高座に上がったり


枕で「ボク」と言ってしまったり


人間志ん朝も愛すべき魅力的な人。



江戸落語の志ん朝の他には、西の枝雀が好き。


枝雀は落語の取り組み方がそれまでの誰とも違い


誰よりも奔放な芸に見えた裏には緻密な組み立てと独特の笑いの理論がある。


枝雀は、笑いは 緊張と緩和 だと説いていた。


…と、ここで同じ言葉を使う人を知っている。


そうです、小林賢太郎。


あの人は横浜育ちだから江戸落語をまねるし、作っているキザっぷりも


どことはなしの風貌も志ん朝を思わせるが


笑いを突き詰めるというところではまさしく枝雀だといえる。


小林賢太郎もいつも笑いは緊張と緩和だと言う。


そして人とは違う笑いをいつも求めて続けている。


枝雀も海外で英語で落語をしたり、新しい笑いを貪っていた。


すごく苦しんで笑いを作り上げていた人だと感じる。


小林賢太郎の 0.1を10回積み重ねて1にする努力 も


枝雀ならわかってくれただろう。丸い顔でニコニコして聞いてくれただろう。


・・・と、似ているといっても小林賢太郎は死んではいけないのですが。



それにしても志ん朝、枝雀が生きている時代はとても贅沢なときだったと


改めて思う。


今はもう談志しかいない。でもその談志も高座に上がることはかなり大変そう。


洒落っ気がきつくて、志ん朝の粋とは違うところにいる人。


きっと純粋で正直で可愛い人なのだろう。


立川談志はラーメンズを最初に認めてくれた人。


わたしの中では、志ん朝、枝雀、談志、ラーメンズというのは


ちゃんとつながっている・・・。



立川談志は枕で政界の話をよくするけれど


いっときでも政界に行ったのは不正解だったね。



と最後に余計な駄洒落を書きくわえ


・・・おあとがよろしいようで・・・^^;