カテゴリー  ミッドセンチュリーデザインにWA-01がアップデートされました 

 

アメリカンミッドセンチュリー期の象徴 

スターバーストデザインを復刻させたウオールアクセサリーです、

ミッドセンチュリー/スターバースト

ハンガーフックとしても使えるWA-01

 

詳細はAmerican Boulevard onlineでご確認ください。

 

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横道にそれますが 本 TEXITでは

ロカビリーと、ロカビリーが産声をあげた瞬間について

写真とともに、少しだけ触れてみます。

著者の嗜好によりElvis  Presleyに特化した内容になっている事をお断りします。

また文章と写真の時間軸は不正確です。

 

映画アメリカン・グラフィティ のサウンドトラックに観るように

1950年~1960年代を映す音楽は R&B や、doo-wop が全盛期だ、

それらは 星の数ほど有り、

更にさかのぼると、 アフリカ系アメリカ人のいわゆる

「レイス・ミュージック」 だけでなく 「カントリーミュージック」 なども

互いに、複雑に絡み合っていた、

そんななかでロカビリーが誕生したと考察されます。

 

トラックドライバーとして働いていた当時18歳のElvis Aron Presleyが、

※1 SUNレコーディングスタジオ  での休憩時間に

ふざけて歌った  ブルース歌手アーサー・クルーダップの ※2 That's All Right

この曲がきっかけとなり ロカビリーが産声を上げたようです、

またカントリーミュージック(ブルーグラス)の※3 ブルー・ムーン・オブ・ケンタッキー エルヴィスがこんな風に歌うとは

 

誰も想像できなかったでしょう

上記からも黒人の音楽と、白人の音楽とが融合したことが解ります。

 

GRAND OLE OPRY  SOUVENIR PROGRAM

その後、 公開ライブ形式のラジオ番組 ※4 グランド・オール・オープリー  に出演した際、

頑固一徹(ブルーグラス)のビルモンローと顔をあわせたエルヴィスは、

ブルー・ムーン・オブ・ケンタッキーをこんな風に歌ってしまった事に謝罪したそうです。

エルヴィスとサム・フィリップス

 

”黒人のように歌える白人”

※5 サムフィリップス  の眼にとまったのがエルヴィスプレスリー

二人の出会いがロックの歴史に

多大な影響を与えた事は言うまでもありません。

 

母親へのプレゼント、と偽って

SUNレコードを訪れた Elvis 何かを予感していたのかもしれません。

Cb ビル / A.Gt&Vo エルヴィス / E.Gt スコッティー

 Cb ビル    A.Gt&Vo エルヴィス  E.Gt スコッティー

 

 

※6 マンブリング唱法 ※7 ヒーカップ唱法 ※8 スラッピングベース ※9 ギャロッピングギター を  惜しげもなく使ったスタイル、

ロカビリーとは、SUN時代のエルヴィス のみ といっても過言ではないと思います。

 

※1 SUNレコーディングスタジオ

テネシー州メンフィス、ユニオン・アヴェニュー706に位置する録音スタジオで

1953年当時、誰でも4$で、自分のレコードが作れるサービスを行っていた

 

※2 ザッツ・オールライト 

アーサー・"ビッグ・ボーイ"・クルーダップの楽曲 

エルヴィスプレスリーに大きな影響を与えたといわれている

 

※3 ブルー・ムーン・オブ・ケンタッキー

 ブルーグラス・ミュージシャンのビル・モンローが書いたワルツ

 

※4 グランド・オール・オープリー 

テネシー州ナッシュヴィルの、WSMラジオ放送局 毎週、土曜夜のカントリー・ミュージックを扱う 公開ライブ形式のラジオ番組

 

※5 サムフィリップス 

テネシー州メンフィスにある サン・スタジオおよび  サン・レコードの創立者

 

※6 マンブリング唱法 

 baby  を ba ba ba baby っと口の中でモゴモゴと、こもらせながら歌う唱法

 

※7 ヒーカップ唱法

baby  を baby っと語尾をしゃくりあげて歌う唱法

 

※8 スラッピングベース 

ウッドベースの弦を、フレットに、垂直に弾いたり、叩いて ドラムのリムショット的な音をだす奏法

 

※9 ギャロッピングギター  

 親指でベース音を取り人差し指と中指でメロディーを刻む、

(もともとは、ブルースから生まれた) カントリーの奏法

 

 

 

 

                                                                    The story continues

 

Bay City Rollersにタイムスリップ

 

山本さゆりさん の声を久しぶりに聞きました.

 

変わらぬ声に、内容に、 思わずタイムスリップ

 

山本さゆりさんと言えば・・・・

その通り

Bay City Rollers(ベイ・シティ・ローラーズ)の特集です 

Bay City Rollers(ベイ・シティ・ローラーズ)ロックンロールラブレター ディスクジャケット

Bay City Rollers は ポップスを歌う アイドルバンド と お思いでしょう、

はい その通りです。

ですが チョット違います。

アメリカンオールディーズもカバーしています。

Be My Baby     ザ・ロネッツ1963年

Don't Worry Baby  ビーチ・ボーイズ1964年

Bye Bye Baby"    フォー・シーズンズ1965年

 

当時、この辺の曲を足掛かりに随分と お勉強させていただきました。

その結果 ➡彼らはロの内側に凄い物を

隠し持ち、時折覗かせてきます  ただのアイドルではありませんでした

 

Vo レスリー・マッコーエンの声は(ファルセットも)シビレます。

レスリーも イアンも亡くなってしまいましたね、残念です。

 

あっという間の3時間

1月3日NHK東京からの電波でした 

 

ご挨拶が遅れましたが、

 

明けましておめでとうございます。

本年もどうぞよろしくお願い致します。

 

ミッドセンチュリーな音

 

蓄音機に代わり、電気を使い、 音を増幅させる。

その技術として

真空管が用いられたのは1906年の事。

その後、トランジスターが発明され

音色も随分と変わってきたようです、

 

音色を愉しむ? 音質を愉しむ?

良い音って何なんでしょうね?

 

オーディオ評論家の 傅 信幸さんが語っていたことを

思い起こしてみると

 

いい音とは

歪が少ない事

低音~高音にかけての周波数特性が広いこと

 

そのためには

「プレイヤーやアンプより、スピーカー選びを最優先

確か、そう言ってた気がします。

 

つまりレコーディング時の生音を正確に再現する って事なんでしょうね。

 

このマシーン 5P-940は、いくらNHK放送局に認められた

DIATONE スピーカーを搭載しているからと云っても

プラスチックユニットに取り付けただけでは

それほど期待できない事は察するに余る、

 

まぁっ、 事は試し

音を聴いてみますか!?

 

下の5P-940をクリックすると、音が流れます。

 

 

 

いかがでしたか?     【ちょっと盛りすぎたかも?】

お送りした曲はイクラちゃん率いるMoon Dogs / Neverでした

 

↓ここからは、ちょっとばかり音楽のお話しになります

さて、この曲 Never はニューヨーク州ブロンクス出身の白人Doo-Wopグループ

Earls〔アールズ〕のオリジナル曲になります

 

<Doo-Wopと言うと、黒人のもの と思われがちですが

スカイライナーズ、ディオン&ベルモンツ、アールズ

などの 白人のDoo-Wopグループも存在します

そして、彼らは、white Doo-Wopなどと呼ばれ

黒人グループに負けず、劣らず、素晴らしいコーラスを聞かせてくれます>

 

そして、このNever は、Moon Dogs の4th CD Young Bloodの中で

ボーナストラック的に収録されています。

また、日本でお馴染み、ドーランで顔を黒く塗ったDoo-Wopグループ シャネルズ (後に ラッツ&スター)は

コンサートでの鉄板レパートリーに TONIGHT ( COULD BE THE NIGHT)

を、用意しています TONIGHTのオリジナルはTHE VELVETSですが 彼らはアールズバージョンで歌っています

これらの事から、彼らCHANELSもMoon Dogs も、white Doo-Wop グループEarls(アールズ)に、

敬意を示している事がうかがえ知れます。

 

アールズ/Never の試聴は こちら→ https://youtu.be/B4J84tYb_s8

シャネルズ/ TONIGHT の試聴は こちら→ https://youtu.be/7sD3jkWrZCg

 

Blue Hawaii

みなさん夏を楽しんでますか?

今回 レコメンドするのは 暑い夏にぴったりの エルビス映画『ブルー・ハワイ

この映画は1961年の3月末に撮影が始まり4月末に終了 約1か月間で

撮影された、エルビス8作目の映画

61年11月にアメリカで公開されました(日本62年5月公開)

この映画のストーリーを簡単に追ってみましよう

 

エルビス映画・ブルーハワイ

   

主人公のチャド・ゲーツ(エルヴィス・プレスリー)が2年間の兵役軍生活を終えて

ハワイに帰ってくるシーンから始まります。

この日を待ち望んでいた恋人のメイリー・デュバル(ジョアン・ブラックマン)は

1959年モデルのMGAロードスターを飛ばしてホノルル空港へ向かいます、

 

再会を待ち望む彼女に チャドは意地悪な演出を仕掛けるが

2人はすぐに仲直り

帰国するもチャドは家に帰らず、メイリーとMGAロードスターに乗り

オールモスト・オールウェイズ・トゥルーを歌いながら

慣れ親しんだ海へ向かう

ハワイアンフルーツカンパニーの事業を継ぐ事を望む両親に反発し

チャドは 旅行会社に就職

初仕事となったのが

美人女教師アビゲイル・プレンティス(ナンシー・ウォルターズ)と

4人の女学生のハワイ一週間旅行のガイド

 

この間に さまざまなトラブルがチャドに付きまとう・・・・

 

Hawaiian Wedding Song が流れるなかチャドとメイリーは晴れて結ばれる

 

ハワイ ビーチ ボーイ」から「ブルーハワイ」に途中改名されたこの映画は

サントラと共にも大ヒット。

劇中、エルヴィスは自前の<strong>ハミルトンベンチュラ</strong>を腕に付けて出演するなど

力の入った作品なりました。

 

エルビス映画と言えば 

『美女あり、ロマンスあり、喧嘩あり、そしてハッピーエンド』

饐えた臭いが漂うワンパターンなストーリーに、

エルヴィスファンでさえ ウンザリします。 が、

本レコメンド、では少し視点を変えて観てみましょう

この映画、アメ車好きの私にとっては 貴重な資料となっています。

 

本作品の制作は1961年、 海岸沿いや、ホノルル空港でのシーンで、アメリカンドリームカーが多数みられます。

 

これらの車たちはエキストラカーなのでしょうか?

映画の背景を彩る為に集めたエキストラカーも当然 存在したでしょう

しかし、ほとんどが自然に映り込んだものと私は思います。

 

では 間違えなく撮影用に用意した

3台の車を見てみましょう(もう1台ピンク色のジープが登場しますが勉強不足でわかりません)

(ボディーカラーやディテールは登場車と異なります)

エルビス映画・ブルーハワイ での劇中車

 

1959年MGAロードスター

その顔は1955年スチュードベーカー・プレジデントの顔にも似た大胆さがあるが

ヨーロッパ車の上品さが混じり上手く中和されている。

イギリス車であるが 生産された多くの台数を米国に販売したそう

小型車ということで1957年コルベットC1を思わせる。

 

恋人メイリーの車と思いきや じつは

チャドの所有車 発売時1959年に購入した体です

(この辺、手を抜かず時間軸が良くできています)

2年間の兵役を終えて帰国した1961年には、

当然1961年制の 次の2台のアメ車が登場します。

1961年ダッジダート、フェニックス、コンバーチブル

巨大化したテールフィン全盛の時代に フェニックスはやや小振りながら非常に上品なデザインのテールフィンを装着

しかし力強いフロントマスク  シビレます。

美人女教師と、4人の女学生を乗せた ダートフェニックス 誰が学生で誰が教師なのか見分けがつかない。

こちらも シビレます。

1961年 プリムス、サバーバン(ステーションワゴン)

「suburban」と記述して、「郊外にある、郊外に住む」を意味するそうです。

1959年ビュイックの様なヘッドライト回りのデザイン

グロテスクと悪口を言われてしまいそうなこのデザインは、当時のアメリカンドリームカーの象徴です。

 

                                                  Blue Hawaiiには素晴らしい車が登場しています。

 

 

冒頭のストーリー紹介で書きそびれましたが

晩年のエルヴィスがステージのエンディングで歌いあげていた 

名曲 Can’t Help Falling in Love(好きにならずにいられない)は

ハワイとフランスの混血 恋人メイリーのお婆さんの誕生日に、オルゴールと一緒に

歌のプレゼント として、歌っていました。

 

 

エルビス映画 『Blue Hawaii』 には 意外な魅力が詰まっています。