ROAD TO AMERICA クールス '90の記録 

 

ROAD TO AMERICA クールス’90の記録 発刊から半年が経過しました

ネタばれして購買の妨げになってはなりません ここは light dig で感想を書いてみたいと思います。

ROAD TO AMERICAクールス’90の記録は、著者 大久保喜市氏が所有するモハーヴェ砂漠を主とする

フォトデータの中から選りすぐったショットをチャプター1~チャプター4にかけて、

記録に残したフォトブックです

 

モハーヴェ砂漠でのCOOLS  クールス90’の記録の撮影はカリフォルニア、ネバダ、アリゾナにまたがるモハーヴェ砂漠で行われた

 

東モハーヴェには派手な看板を備えたRoy's Motelが存在し この辺りの歴史を物語っています                                      

撮影が行われた1990年当時には半ば廃墟化しつつも細々と営業が続けられていたであろうRoy's Motel が

映り込んでいるのではないかと期待しましたが、ありませんでした。

個人的には錆れた Roy's Motel を背景にしたCOOLSも見てみたいところでした。

チャプター1:ROAD TO AMERICA   主に文章

チャプター2:MojaveDesert 

チャプター3 : Hollywood

チャプター4:Tokyo

ROAD TO AMERICA クールス’90フォトデーターでの構成です

チャプター1:ROAD TO AMERICA

レオン時代からアメリカに渡るまで 大久保氏のこれまでの経緯が綴られている、文章を読み終えると

チャプター2:Mojave Desert

ここからは、原宿でのバイクチーム“クールス”とは違うアメリカナイズされたCOOLSが映っています。『COOLSはビジュアルで見ると世界1だ』という近藤竹湖さんの言葉の通り その言葉はこのフォトブックが 証明しているインターバルを置いたメンバーの表情は生き生きして見える そして確実に若いカリフォルニア州、ユタ州、ネバダ州、アリゾナ州にまたがるモハーヴェ砂漠を走る様子はそのタイトル通りROAD TO AMERICAだ

 

この文章は当然の事ながら Original Cools'90を聞きながらのタイピングです。

今、No2. Good-By AngelからNo3. WildRoadに変わりました

 

目からは見渡す限りのモハーヴェ砂漠砂と山脈が・・・耳からはWild Roadが相まって僕の脳裏は完全に、タイムトラベルです。

灼熱の太陽に抱かれて、エキゾースト音も乾いた空気にかき消されてゆく

確実にその場に居合わせている。    そんな錯覚を余儀なくさせます

乾いた空気の中で4台のハーレーと1台のオールズモービルが写っている、

これが僕の第一印象です。

カラー画像を見てみるとHIDEMITSUが乗るハーレーにはスプリンガーフォークが装備され、ガスタンクには、真っ赤なフレームスの塗装がなされていて

アメリカ映画イージー☆ライダーのデニス・ホッパーを連想させます

が しかし フロントブレーキは装備されています

 

SURPER RARE!(激レア)モハーヴェ砂漠にてカラー画像のクールス(COOLS)

 

そして他のハーレーはどうでしょう、

現地で撮影用に調達されたマシーンは個性のあるカスタムが見られないようです。

さて、オールズモービルですが、モハーヴェの荒野にスポーツ仕様のオールズモービルを持ってくるあたりは

実に巧妙で素晴らしい、   解っていらっしゃる

L.Aに生活拠点を移した大久保氏のチョイスなのでしょうか

じつは小生クールスファンですがバイクに詳しいわけではないんです。

世間ではクールスファン=バイク好きと豪語される向きがありますが、どうでしょう?

意外に車にも接点があります  。

『黒のロックンロールクールスの世界』 では左後方闇の中に1967年 Buick Skylark GS400が  

『NEW YORK CITY, N.Y.』 ではニューヨークの路上に駐車している 1957年キャデラックをバックに

『ライヴ・アット・後楽園ホール』 T-BIRD CRURISINGに至っては

レッド1955年 ミントグリーン1956年  2台の Tバードに乗車

『MOVIE A GOGO』 では1958年 Ford Fairlane 500 Skylinerに乗って夜の本牧埠頭で撮影

『オールディーズ・スペシャル』 ではマッカーサー元帥とジーンマッカーサー夫人が愛用した

1947年 キャデラック を登場させています。

そして本書籍 ROAD TO AMERICA クールス’90の記録では 55オールズモビル、98 スターファイアが存在感を際立たせます

55だの98だのとややっこしいですが 55⇒1955年製 で 98⇒上級モデル の 

スターファイヤー⇒ オープンカー  でいいと思います。

話が横道にそれている間に

チャプター3: Hollywood

レコーディング風景です

 

 

Gibson335を抱えるJamesの前にはERNIE BALLのパッケージが

音の正体はこれだったんですね

このGibson335はサンバーストですが赤の335も所有しているようです

 

録音に使用されたウエストレイク・レコーディング・スタジオ はマイケルジャクソン・マドンナ等 著名アーティストに利用されていることから

テンションも上がったのではないでしょうか

チャプター4 Tokyo  Original Cools'90  のジャケット撮り

いつの間にか・・あとがき・・ になってしまった。

 

レコーディング ~ ミュージックビデオの撮影で訪れたL.Aでのほんの一コマにしか過ぎないであろう

ショットですが    制作にあたっての貴重なデーターであることは間違えありません。

改めてクールスの魅力を確認できる1冊になっています 。

僕のコレクションの一つとして大切に保存したいと思います。

 

エルヴィス・プレスリー登場!

ラブミーテンダーに足を踏み入れて以来 Elvisに近づきたい、 そんな気持から 音楽はもちろん

監獄ロック・闇に響く声・ブルーハワイ などのサウンドトラック そしてムービースターとしての

Elvis の 魅力に取りつかれたかのように 貪欲になっていった

 

いつもの様に VHSのビデオテープ「グレイト・パフォーマンス」をインサートすると

1956年3月24日ドーシーブラザーズステージショーで ♪マネーハニー ♪を歌うエルヴィスが

ブラウン管のTVに映しだされる、

 

 

 

何度となく見ている映像だ。

白黒の荒い動画だが 目を凝らしてみると、この日のエルヴィスは実にリーゼントがキマッている。

Doo-wopグループ ※1 ドリフターズ の♪マネーハニー♪をヒーカップで歌い

ギター間奏時には 斬新なパフォーマンスを見せている。

歌い終えた後 キチンと頭を下げる。

この動画を見れば誰もが感じるであろう 躍動感・エルヴィスの礼儀正しさを

ファンの皆さんと共有しているであろう喜びに酔いしれた。

あの時の キレイな 7:3分けのリーゼンターや

白髪の御婦人たちの事を 僕はふたたび思い出してた。

 

翌年の1957年1月6日 通算3度目出演の エドサリバン ショーの映像では

腰の動きが米国の良識に反している、卑猥だ、 とする圧力により、

本番では From The Waist up 上半身だけが映されましたが

間々巻き起こる会場の黄色い声援は 映されていない下半身の動きを想像させて

僕の脳みそは オーバーヒート ぎみでした

 

Politeな振る舞いの青年Elvisも、ひとたびビートに乗ると

体が勝手に動いてしまうんですね

 

 

ロックンロールシンガーエルヴィスの存在は 僕にとって余りにも大きく

その存在は特別だった

好青年で有りながら冷酷感が有る。

バックコーラスに  ※2 Jordanaires を つけてゴスペルも歌う。

エルヴィスを知るほどに 僕は、どんどん のめりこんでいった

 

リハーサル風景は、Elvisが Jordanaires の一員の様にも見えてきます。

それもそのはず Jordanaires に憧れていた Elvis がまだ無名の頃

『僕が有名になったとき是非バックコーラスをつけてください』とお願いした、  という逸話があるようです。

 

                     The story continues

 

 

※1 ドリフターズ  とは幾度となくメンバーチェンジをくりかえしている

             アメリカ合衆国の黒人コーラス・グループで

                                     1950年代から 1960年代にかけて活躍 

 

※2 Jordanaires    とは1948年にゴスペルグループとして結成された

                                               アメリカのボーカルカルテットで1950年代半ばには、

                                               レコーディングセッションのバックグラウンドシンガーとし

                                               多数のアーティストと共演、 エルヴィスプレスリーに

            バックグラウンドボーカルを提供したこ とで広く

                                               知られています

アメリカン・グラフィティロカフラベイビー

2/23~2/26 埼玉県の某百貨店 8階カトレアホールにて、

全日本ロカビリー普及委員会 会長のビリー諸川氏がプロデュースする

フィフティーズイベント “アメリカングラフィティロカフラベイビー”が開催!                                                                                                                                                                                                     百貨店西口のエントランスには  ピンクブラック2台のキャデラックがお出迎え

 

ピンクのキャデラックとブラックのキャデラック

 

ロカビリーショップも、 いーっぱい 集まりました。

JOKER&MARIのご夫妻でしょうか?

キレキレのジャイブを披露してくれました、

”綺麗な奥様とハンサムなご主人” とてもカッコ良かったです。

 

もちろんビリー諸川さんお話も楽しく、 歌も最高でした。

あらためて ロカビリーにシビレました。

1990年6月25日MOON RECORDSから Original Cools'90という、ミュージックアルバムが発売された。

オリジナルクールス’90

これは日本唯一のR&RバンドCOOLSの作品で

84年に活動を休止したCOOLSが 大久保喜市の呼びかけにより 再活動。

ハリウッドのウエストレイクスタジオを中心に行った LA録音

 

収録曲は 1 Rock The World 2 Good-By Angel 3 Wild Road 4 Weekend Lovers

5 Twist No.1 6 Last Summer 7 Anohi No Garffiti 8 Venus 9 Hard To Explain

10 Illusion

ワンショット契約のこのCDは 10曲中7曲がジェームス藤木のボーカルで

これまでのCOOLSのアルバム構成とは異なっている

 

▶ をタップすると♪Rock The World が流れてくる、

ウォークマンから伝わる音は、ローダウンされた車内で聞くロードノイズに混ざったそれと違い、 脳みそを直撃してくる。

スピード感あふれる軽快なロックンロール

ナンバーでBa と Gt のユニゾンが胸の鼓動を高めて

ゆく、

Good-By Angel  ついさっきまでのホットな気分が

哀愁に変ってゆく、  目頭が熱い

Wild Road  はLAまでの荒野を走るイージーライダーの情景がリアルに伝わってくる、

気が付くと、アルバムラスト曲の♪Illusion

Voに寄り添う Gt のアンサンブルが心に染みて 聴き終えても しばらくは動けない

オリジナルクールス’90

 

今、改めてアルバムを聞いてみると

当時の様々な出来事が 懐かしく スローモーションのように、脳裏によみがえってきます。

 

この文章を書くきっかけになったのは

2022年11月29日 東京キララ社より 大久保喜市(著/文) によって出版された

ROAD TO AMERICA クールス’90 の記録 が出版されたことによります

 

インターネットでROAD TO AMERICA クールス’90の記録 を調べていくうちに 活動休止前後の

クールスがおかれていた状況などを知った。

一旦、 自分を見つめ直したクールスが デビュー当時のオリジナルメンバーで再始動

10曲中 7曲のボーカルを取ったジェームスからは、その間 音楽活動に力を入れていた様子が強くうかがえます。

更に言えば Original Cools'90 は すでに多方面から評価されているジェームス藤木の才能を再度 かみ締めることが出来る作品になっています。

 

 

終わりに ライナーノーツを眺めながら CD購入当時の事を振り返り 感じたことを

インターネットの力を借りて整理してみたいと思います

 

【レコード会社MOON RECORDS】

MOON RECORDSは、現在、山下達郎・竹内まりや夫妻のプライベートレーベル

79年のアルバムNEW YORK CITY N.Y.で山下達郎がプロデュースを担当して以来

音楽的信仰が深い

【ディスクジャケットOriginal Cools'90下の小さい文字】

アルバム1曲目Rock The Worldのリフレイン部の歌詞

i gotta keep on rocking in world and dance with me turn around turn around in the world move around move around in the world

【作詞者 影森潤 ・ 長谷川孝水】

検索にヒットしたが

COOLSとの関係は不明

 

【キャッチコピーとアンケートはがき】

〔クールスがガレージバンドになって帰ってきた〕

CD発売につき 確かこんなキャッチコピーがついていたような気が・・・・

不明

〔CDパッケージの中にCOOLSに対するアンケートはがきが入っていた〕

今回のLAレコーディングに満足しながらも、もっとアメリカンにと記入した記憶は確かである

 

次はROAD TO AMERICA クールス’90の記録 について書ければと思っています

それでは近いうちに

今回紹介するのは カリモク60 Kチェア

カリモク60 Kチェアシリーズの王道 2シーターのスタンダードブラックです

カリモク60Kチェアとは刈谷木材が1960年代に発売した洋風スタイルの椅子の事で

60は(rokumaru)と呼びます

カリモクは

1940年に刈谷市の小さな木工所としてスタートし

1951年ミシンのテーブル部分を製造

1959年輸出家具の木部の生産を開始

1962年国産家具の生産販売を開始する

そしてKチェアは1962年に誕生して以来今日まで作り続けている なかなかの強者であります。

 

カリモク60Kチェアシリーズには   1シーター     2シーター     Kチェアミニ     多種カラー

限定カラー     パターンオーダーなど様々なモデルが存在している。

Kチェアはパーツごとの交換が可能で 長年使って傷んだパーツを交換することができます。

そのため 長く使い続けることが出来る  時代を先取りしたSDGS

ミッドセンチュリー期のデザイン カリモク60

 

 

この Kチェア2シーターは、日本人の体に合わせたやや小振りなサイズですが、

座ってみると十分なスペース感があります。

また、若干の 心もとなさを感じますが 座面はしっかりと体圧を受け止め

腰への圧迫感を見事に分散させ包み込みます これは山形に反らせたS字のバネが 効果を発揮している証でしょう

 

カリモクKチェア そのフォルムは、直線を強調した 北欧あたりの ミッドセンチュリー物

と いっても通用する シンプルなデザインです。  しかし、

ミッドセンチュリー家具とは、紙の上でしか描けなかった曲線的デザインが FRPや

プライウッドの成形技術の発達に伴い 現実に生み出された立体的なデザイン

以前に、このカテゴリーで イ-ムズシェルチェアを紹介しましたね。

 

本来は、曲線のデザインを取入れた50年代~60年代に生み出されたものを

ミッドセンチュリー家具と呼ぶと思います。

しかし一方で、 時期を同じくして 北欧の家具を輸入&販売をしていたジョン・スチュアート社は モダンファニチャーとして新しいデザインの家具をミッドセンチュリー期のアメリカに広めていく。 

また、ジョン・スチュアート社は デンマーク出身のデザイナー グレーテ・ヤルク作品のアームチェアを販売するにあたり アメリカ市場向けライセンスを取得するなど力を入れていた。

グレーテ・ヤルクはイームズに影響を受けた一人で、1963年には「プライウッド技術を利用したGJ チェア」を発表している

この北欧的なデザインも ミッドセンチュリー期のアメリカで 多くの人々から認知を得ていたとすると・・・

解釈によっては直線的デザインの北欧家具をミッドセンチュリー家具の一部と呼ぶのも、 あながち間違いではないのかもしれません。

1962年に発売されたカリモクKチェアの原型は おそらくグレーテ・ヤルクのアームチェアではないかと考察します。

 

青い芝生の庭 白い下目板張りの壁 ポーチをくぐるとリビングルーム

そこには ミッドセンチュリーな家具 ここは入間のジョンソンタウン? 米軍ハウスの中?

そんなことを考えるとどうでしょう? Kチェア2シーターが目に浮かびませんか?

smallサイズの Kチェア2シーターが、日本の狭小住宅にジャストフィット

胸はワクワク 心臓ドキドキ 日本版アメリカンハウス

その奥にはダイニングキッチン 巨大な冷蔵庫なんて考えたらもうダメ!

アトミック的心の僕には刺激が強すぎる!

いずれにしてもミッドセンチュリー期はデザインの黄金期です。