色々あったけど、40歳近くまで生きてこれました。 -34ページ目

色々あったけど、40歳近くまで生きてこれました。

 横浜市北部、青葉区、都筑区、緑区に不動産賃貸・管理を担当に地域密着で毎日走りまわっています。都筑区生まれ、緑区育ち、青葉区の高校卒業、青葉区の会社に働いて、田園都市線市ヶ尾駅で不動産業を営んで、自宅は緑区です。生粋の横浜北部人間です。
 


 少年時代私は笑い上戸でした。一回ツボに入ると制御不能の爆笑モードになります。

 今は成長したのか、大人になり、爆笑する事が少なくなりましたが、年に1回は爆笑モードに入ります。

 先程、ふと思い出して、思いだし笑いしたので書き留めておきたいと思います。

 
 中学生1年生の時の話ですが、バスケットボール部に所属していました。

 ある日の練習試合の際、先生方がお昼に頼んだ店屋物を頼み、食べ終わりの食器を洗っていました。

 シロシタ君(実名)と一緒に食器を洗っており、瀬戸物の食器だったので私は彼に「絶対に割るんじゃねーぞ」と注意して「るせぇーな、分ってるよ」とのやりとりがありました。

 洗い終わり、再度「落とすなよ」と注意しながら、体育館の壇上に食器を運びに向かいました。

 シロシタ君は私の注意の数秒後に、壇上の階段につまづき、壇上の床に見事なダンクシュートを決めました。容器は粉々に割れ破片は顧問の先生の前まで飛んで行きました。

 その時点で私は爆笑しそうになったのですが、歯を食いしばり、耐えました。

 数秒の空白後顧問の先生がツカツカと歩み寄り、シロシタ君は見事なビンタを頂戴しました。私は立ちすくんでいたのですが、ふとシロシタ君の耳を見たらしっかりとマンガのような手の跡がついており、その上シロシタ君は「プっ」と放屁をしてしまいました。

 そのこで世界が終わりました。

 私は「プハッ」と噴出してしまい、大爆笑してしまったのです。お腹を抱えて笑い転げてしまったのです。NGです。

 案の上、シロシタ君の数倍の制裁を受けたのは言うまでもありませんが、笑いながら殴られたのは初めてで、それ位ツボにはまってしまったのです。

 あまりにも面白く、シロシタ君とは家が近かったので、下校中もその話をしながら、何度も悶絶しました。

 シロシタ君の事を考えていたらもう一つ面白エピソードを思いだしました。
 
 シロシタ君のバッシュはニューバランスでした。試合の際、どこかのチームの人にバッシュを取り間違えられてしまい。色も型番も一緒だったのですが、片方が25.5㎝でもう片方は27.5㎝になってしまったのです。

 先輩が「シロシタ、それじゃーニューバランスじゃなくて、アンバランスだろ」とつぶやき、バッシュのNマークの前にUを書き足そうとしていました。その時も死ぬほど笑った記憶があります。

 シロシタ君は中学校を卒業してからは引っ越してしまい、音信普通になってしまいましたが、きっと立派な人生を送っていると思います。

 

 天気予報を見たら、明日にかけて台風が関東に近づくようです。

 事務所の近くに鶴見川という川が流れています。小学生の頃、社会の時間に「日本で2番目に汚れている川」と習いました。(今は違うと思いますが。)

 通勤途中に水位をみたらかなり増えていました。

 何年か前に、地元の地主さんに聞いた所、鶴見川は「暴れ川」と呼ばれ農作物に大きな被害を出していたそうです。それぐらいこの季節になると氾濫を繰り返していたそうです。

 治水工事を行い、川の流れえ所、近年では氾濫する事は無くなりました。日産スタジアムの駐車場は実は貯水地になっているそうです。

 横浜市のHPを見ると古地図を見る事ができます。現在、不動産を購入をする際の大きな判断材料になります。昔、川や水田の後かどうか調べる事ができます。又、地名も大きなヒントになります。地名や信号等に「谷」「田」「沢」「池」がつく所も判断材料になります。逆に「台」「丘」「山」がつく地名の場所は高台という事が分ります。

 少しでも参考になればと思います。 

 
 横浜市古地図 グーグルアースと連動できます。 http://www.city.yokohama.jp/me/machi/kikaku/cityplan/gis/3000map.html
  
 今日の鶴見川

不動産会社 アトミックハート株式会社代表取締役小林明のドタバタ日記

不動産会社 アトミックハート株式会社代表取締役小林明のドタバタ日記

 禁煙をして10年が経ちました。この話を禁煙をしている友人達に話すと必ず
「まだ吸いたいと思う?」と聞かれますが私の場合「吸いたい。」く夢でしばしば悪夢として吸っている夢を見ます。

 たしか、私が煙草を吸い始めた頃は16歳さいから喫煙が認められていたと思います。(嘘です((^∇^))その為、バイク通学と合わせて2度程停学になりました。

 ヘビースモーカーの基準は分りませんが、一日1箱半のペースで吸っていました。酒席では2箱は超えていたと思います。銘柄はJT傑作のスペシャルブレンド「マイルドセブンライト」通称「マイセンライト」をこよなく好んで吸っていました。

 禁煙をはじめたのは、願掛けの為です。

 当時、バイクで交通事故をしてしまい、「右下腿解放骨折」の怪我をしてしまいました。解りやすく書くと、右足のスネの骨がポキンと折れて、折った骨が外に飛び出してしまったのです。(書くだけで痛かった事を思い出します。)

 医者曰く、「飛び出した骨から菌が入ったら最悪切断」と言われました。痛さと、我が身の情けなさに夜な夜な泣いていました。

 幸い抗生物質のおかげもあり菌も回らず、手術となりました。痛さをまた思いだすのですが、手術内容は、スネと同じ長さのチタンの棒を足に入れて、金属を足首と膝にボルトで止める恐ろしい手術でした。

 何故そう思ったか再び歩けるようになる為に願掛けで頭を丸めて、禁煙をしようと決意したのです。

 それ以降、煙草は1本も吸っていません。酒席の時にどうしても吸いたい時は、割り箸を煙草の代わりに吸っていました。

 願掛けが効いたのか、無事に完治して、富士山に登り、フルマラソンも走る事ができるまで回復しました。

 誹りを覚悟で個人的な考えを述べさせて頂くと、最近の禁煙運動はあまり関心できません。いつの間にかやら、小説やマンガの世界からも禁煙団体から非難があるようです。ハードボイルド小説の主人公にはたばこはアイデンティーであり、禁煙を宣言したサンジは自己の存在意義と料理の変化に懊悩すると思います。

 今更マナーなんて書くと白々しいですが喫煙者も非喫煙者も過度の反応は控えましょう。原文は忘れましたがお隣の大国中国では「お酒とタバコはみんなで分かち合う物」だそうです。

 しかし、「酒はやめれるけど、タバコは一生やめない!」と公言していた紅顔の若者は何処の行ってしまったのだろうか??

 禁煙は出来たけど、その分お酒の量が増えました。

 誰かトメテ。