色々あったけど、40歳近くまで生きてこれました。 -31ページ目

色々あったけど、40歳近くまで生きてこれました。

 横浜市北部、青葉区、都筑区、緑区に不動産賃貸・管理を担当に地域密着で毎日走りまわっています。都筑区生まれ、緑区育ち、青葉区の高校卒業、青葉区の会社に働いて、田園都市線市ヶ尾駅で不動産業を営んで、自宅は緑区です。生粋の横浜北部人間です。
 


 秋冬の登山は怖いく、毎年、必ず遭難事故が起きています。 

 私も10年前位に一度だけ秋山で遭難しかけてた事があります。山の名前は忘れましたが、私と友人(初心者)で秋の紅葉を見ようと、たぶん長野の低い山だったと思います。

 ルートは南側から登山を開始して、北側に降りて温泉に入るコースです。事前の計画も装備品も友人伝えいざ登山。

 天気も良く、紅葉も綺麗で、順調に登って行きました。途中、今日は「骨酒」で乾杯だな。とワイワイ登って行きました。友人のペース合わせて、景色を見ながら楽しく登っていました。

 異変は、頂上付近でおきました。

 いきなり雲がたちこめ、吹雪になったのです。ガレ場を這うように、何とか登り登頂しました。記念撮影もできないくらいの風でした。
南側は秋でしたが、下山方面(北側)はすっかり冬で雪が積もっていたのです。

 休む間もなく、少しだけ、「降りてみよう」と下山を開始すると、吹雪になってしまい、俗に言う「ホワイトアウト」なってしまったのです。

 私は、地図を見直して、近くに5分位歩いた場所に避難小屋があるのを発見して、そこを目指す事にしました。コンパスで方位を確認していたら、友人が「怖ぇー」「死にたくねぇ」「帰りてー」とかパニックを起こしたので、「うるせー」と思いっきり鼻っらを殴りました。

 友人はリュックごと吹っ飛んで行きました。

 その時、奇跡が起きました。吹っ飛んだ友人が雪を搔いて、ガレ場に見えた案内の赤い矢印が見えたのです。私と友人は「おおっ!」と感嘆の声をあげ、ステッキで雪を搔きながら矢印通り避難小屋に辿りつきました。(今でも秘密にしているのですが実は私はアイゼンを持っていたのですが友人の手前、履けませんでした。)

 しっかりとした避難小屋だったので、風も雪も防げたので、お湯を沸かして、ラーメンを食べ、私はワイン、友人はウィスキー(瓶)を飲んで暖を取りました。

 気圧の関係で、酔いが回るのも早く、友人が「オマエさっきなぐったよな?」「文句あるか?この〇〇ヤロウ」と私が言うと友人が殴りかかってきました。十数発の殴り合いの後、お互いアホらしくなってやめました。

 その後、予定コースは諦め東側から元のコースに戻れる道があったので、元の道に戻る事にしました。幸い、雪も小降りになり、ボコボコの顔になりながらも無事下山できました。

 けしからない話ですが、下山中もチビチビお酒を呑み、登山口近くで再度殴りあいをしたような気が残っています。

 結局、温泉には入れましたが、健康ランドみたいな所に宿泊をしました。

 しかし、幸運が重なり遭難はしませんでしたが、判断を間違えたら確実に遭難していたと思います。以降、私はどんな小さい山に登る時でも装備だけは怠らない事にしています。

 異性でも同性でも一緒に登山すると「吊り橋効果」により、親密になれるそうです。私も結局殴り合いになりましたが、その友人とは今でも仲良しです。
 
 それより、登った山が思い出せないです。
 


エポスカードの話ではありません。

 時代はまたまた、中学生時代に戻ります。何度も書きましたが、私は中学生時代にバスケ部に所属しており、先輩の代までは強豪校だったのですが、私達の代になってからは並みのチームなりました。

 並みのチームではありましたが、「面白部員」でしたら、全国区でした。

 今回は同じ学年のエイジ君の話を書きたいと思います。

 中学生でも部員、同じ学年でもヒエラルキーは当然あり、チーム内の位置も、スタメンの座も自分の手でつかみ取らねければなりませんでした。


 うるわしき伝統ではありせんが、先輩にカバンをあさられて飲みものを勝手に飲まれてしまうのは悪しき伝統でした、私はメチャクチャ濃い麦茶を母親に作ってもらっとのと、持ち前の世渡り上手で難を過ごしました。(その代わり金銭の授受が無かったのは不思議な伝統でした。)

 しかしエイジ君はとても良くできた(粉で溶いた)ポカリスエットをもってきており、彼が試合中、練習中の中、ヒグチ先輩以下に全て飲まれてしまっていたのです。実は私も共犯のひとりでした。

その後、エイジくんの飲みもは、ポカリであろうと、麦茶であろうと「エポカ」になりました。
(由来はエイジのポカリスエット≒エポカです)

 落胆するエイジ君は、はある日、一計を案じてきました。
水筒を2本持ってきたのです。何故かと訊ねると、「一本は先輩用、もう一本は自分用」との理由でした。「エイジ、いいアイディアだな!」と言いながら、私は結末が分かってしまったのです。

 一本は予定通り先輩に飲み尽くされ、自分用は、私達同学年と後輩に飲み尽くされてしまったのです。その後エイジ君は水筒を隠すようになってしまいました。

 しかし、大御所ヒグチ先輩の元「エポカを探してこい!」との号令の元、カーテンの裏やバッグの隙間から「エポカ」を探し出し先輩に献上していました。(私達も楽しんで探していたのです。)しかし毎度飲み尽くしてしまうと厳しい練習中にエイジ君が倒れてしまうので、その辺の配慮は同じ仲間として当然ありました。

 
 エイジ君は今どうしてるのだろうか?同じ高校に進学して1年で学校を辞めてしまいました。その後渡世人になったと風の噂で聞きました。

 とにかく元気でいて欲しいと願います。


 



 いきなり脱線します。 
   
 先日書いた「シロシタ」君事について書いた記事を書きました。今日アクセス解析をしていたら、本ブログの検索結果に「シロシタ菌」でヒットして本ブログにアクセスした気の毒な方がいました。

 シロシタ君は20年経っても笑わせてくれます。

 
 考えて見たら、この業界のあたりさわりの無い事を書きたいと思います。

 嘘のようなホントの話

 1、何故か入居がきまらない部屋
  条件も良く、賃料が適正なのに何故だか入居が決まらない部屋があります。3年以上空室だったり、入居しても数か月で退去してしまう部屋などがあります。逆に何でこんな部屋が決まるのだろう?と思う物件もあります。
 私はオカルト趣味ははまったくありませんが全くの事実です。

 2、隣人トラブルる騒音編
  騒音問題は相談されると困る原因の一つです。お隣同士、構造もありますが、音に関する感覚は千差万別なのです。一度気になった音は頭をはなれません。
 よくあるケースは、壁を「トントン」して注意を促します。発展すると「ドンドン」になり「ドスドス」変わります。
 この時点で相談に持ち込まれるとかなり事態は深刻です。お互いの主張を聞いても食い違うケースが多いのです。隣人同士で解決してもらえばありがたい限りですが、解決を依頼されるとかなり困ります。
 ここで、秘技があるのですが、これは企業秘密でお願いします。
 
 もう、かなり昔の事ですが、隣人トラブルが原因で、自室で火を着け、アパートを全焼させた入居もいました。それ位騒音関係はデリケートなのです。

 
 と、ネタが続く限りマジメなブログを書いて行きたいと思います。答えられる事と答えられない事もありますが、何かお聞きになりたい事がありましたらご一報下さい。

 やっぱり、お笑いブログの方が良いのかどうか迷いマス。