ハンドルとしての教えとエンジンとしての教え | 微塵のごとく

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大震災からブログをお休みしていました。あれから、8ヶ月。ブログを再開しようかなと思いますが、さぁて?!

今、ここに生きる仏教/大谷 光真

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日本人の多くがもはや仏教のことなど、


何も気にしなくなった現代。


そして、今や、葬式や法事すら要らないと


いった人たちも現われている昨今。


この本は、そんな日本仏教の危機のなか、


この現代においてこそ、日本仏教には果たすべき


大きな使命があると信じて止まない上田紀行氏が、


浄土真宗本願寺派(西本願寺)門主大谷光真氏との


対談を熱望し、それが実現したものです。


3回にわたる対談が、この1冊のなかに閉じこまれています。



そのきっかけとなったのが、上田紀行氏が2004年に


出版した下の本です。私も以前ブログで紹介しました。

がんばれ仏教! (NHKブックス)/上田 紀行

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この本が出版された直後、大谷光真門主が、その


内容について、宗派の人たちに語られたということが、


上田紀行氏の耳にはいりました。それ以来、上田紀行氏は、


門主の書かれたものや発言されたものを読んで、一度、


門主に会ってみたいという思いに駆られたそうです。


そして、今回の3回の対談として実現しました。



上田紀行氏は、別にも、「宗教クライシス」という本を書いています。


その本も、門主は読まれたようで、上田紀行氏は、


人間の言葉の歴史の中に、分析的言語とエネルギー的言語の


二つがあるということについて、現代は、分析的言語が広がる


一方で、力を持ちすぎていると述べているんですが、


門主はそのことに触れ、仏教にも、


ハンドルとしての教えとエンジンとしての教えの二つがあって、


今までの教えは、ハンドルみたいなもので、道をまちがえたら


いけないと、説く側が、正しく説くことに重きを置いてきたのだが、


実は、いくらハンドルを回しても、エンジンがない車では、


前に進まないと、話しているところがあります。


そして、エンジンを動かすには、かなりのエネルギーが要ります。


いくら正しい教えであっても、エネルギーを持たない言葉だったら、


その人の頭のなかで理解できたとしても、信仰、信心といった、


行動やパワーが生み出せないんですね。


そのへんが、今の日本仏教の大きな課題ではないか。


これが、お二人の意見なんです。



このことは、教育の世界でも、いえることだと思いました。


いくら知識を正しく、子どもたちに伝えても、


子どもたちの目は決して輝きません。


言葉は届きますが、教師の思いや願いは届きません。


教師の、大人の、親の、パワーや生きるエネルギーが


溢れるような言葉によって、子どもたちの目は輝いていきます。


子どもたちも、生きるパワーをもらうのです。



最近出版されたばかりの本を、すぐに手にとって読み始めました。


最初の方の、感想を少し、書いてみました。



ふぅ!


 いささか、ちかれたわい!・・・・・・



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